2025 Volume 145 Issue 1 Pages 1-6
Chronic obstructive pulmonary disease (COPD) is characterized by chronic bronchitis and emphysema, and current drug treatments is limited to symptomatic therapy. Thus, there is an urgent need for development of new treatments to repair alveolar destruction. To regenerate the destroyed alveoli, we focused on the differentiation of alveolar epithelial progenitor cells into type I or type II alveolar epithelial cells that constitute the alveoli. Our concept of alveolar regeneration therapy is based on developing a drug delivery system (DDS) and dry powder inhalation that can efficiently deliver new alveolar regeneration drugs, which were discovered using human alveolar epithelial progenitor cells, to stem cells present on the surface of the alveoli of COPD patients, thereby inducing alveolar regeneration. This review article summarizes our data on the discovery of the synthetic retinoid Am80 as a candidate drug for alveolar regeneration, the construction of a DDS that utilizes a biological mechanism that enhances its effect on alveolar regeneration, and the formulation design of a dry powder inhalation.
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)は有毒ガスや喫煙などの長期吸入曝露を主な発症原因とし,末梢気道病変と不可逆的な肺胞破壊により呼吸困難を生じる疾患である.WHOによると,2019年における世界の死亡原因第3位であるが,現在の薬物治療法は対症療法のみであり,COPD根治を可能にする,破壊された肺胞を再生できる薬剤は開発されていない.肺胞の再構築には肺胞を構成するI型及びII型肺胞上皮細胞への前駆細胞分化が重要であり,近年,ヒトで肺胞上皮前駆細胞が同定されている.1)そこで,COPDの根治を目指し,ヒト肺胞上皮前駆細胞を用いて肺胞再生可能な候補化合物を見い出し,COPD患者の肺胞表面に存在する肺胞上皮前駆細胞に対し効率的に送達可能なドラッグデリバリーシステム(drug delivery system: DDS)の構築と臨床適用できる吸入粉末システムの開発を行った.
本総説では,肺胞再生候補化合物としての合成レチノイドAm80の発見,その肺胞再生効果を高める生体内の仕組みを利用したDDSの構築と吸入粉末剤の製剤設計について紹介する.
これまでに,肺気腫症状におけるモデル動物を用いた先行研究は,エラスターゼ誘発性肺気腫モデル動物に対する,レチノイン酸(all-trans-retinoic acid: ATRA)による肺胞修復効果が報告されていた.4)しかし,ヒト臨床試験ではATRAによる治療効果は認められず,それは代謝酵素の誘導による薬物の分解が原因であると考察されていた.5,6)そこで,代謝安定性の高い合成レチノイドであるAm80に着目し検討を行った.まず,in vitroにおけるAm80のヒト肺胞上皮前駆細胞に対する分化誘導効果を評価したところ,曝露時間,及び処置濃度依存的な分化誘導効果が認められた.2)
次に,in vivoにおける治療効果を検討するにあたり,マウスにおける非侵襲的な経肺投与方法として,呼吸時の吸気により発生する陰圧を利用した方法を開発した(自己吸入式経肺投与方法)(Fig. 1).7)本投与方法はマウス呼吸時の吸気により,薬液がマウスの吸気と同調して瞬時に肺内に送達され,胃への誤投与及び肺組織への傷害が起こりにくく,薬液の肺内への均一な分布が可能である.この経肺投与方法によりエラスターゼ誘発性肺気腫モデルマウスを作製してAm80(1.0 mg/kg)を投与した結果,世界で初めてAm80の肺胞修復効果を見い出した.2)しかし,エラスターゼ誘発性のモデル動物は,モデルの作製が比較的容易であるものの,COPDの全身症状は呈さないため,全身症状に対する薬物の影響は評価ができなかった.そのため,ヒト病態をより反映し,自然発症的に肺気腫と全身症状を呈するアディポネクチン欠損モデルマウス8)を用い,評価を行った.Am80を週2回28週間にわたりマウスに経肺投与し,80週齢における平均肺胞壁間距離(mean linear intercept: Lm)を評価した結果,Lm値はAm80投与により有意に減少し,肺胞修復効果を示すことを明らかにした(Fig. 2).一方,小動物用X線CTスキャン装置により,骨密度,筋肉量,脂肪量を測定した結果,Am80の経肺投与は全身症状に対しては影響を与えず,長期投与での高い安全性が示唆された.3)以上より,Am80がCOPDに対する根治治療薬になり得ることが示された.
(A) Setup of the administration syringe. (B) Enlarged view of the tip of the oral sonde. (C) Front teeth of the anesthetized mouse are retained at approximately 90° in the retaining position. (D) Visualization of the trachea using a small animal laryngoscope. (E) A feeding needle attached to a syringe is inserted into the trachea of the mouse, and the test agent is self-inhaled by the mouse without using the syringe plunger. Reprinted from Oiso Y., et al., Pharmaceutics, 12, 200 (2020).7)
Lung sections and the mean distance between alveolar walls (Lm) from control (5% DMSO treated, n=6) and mice treated with 0.5 mg/kg Am80 (n=5) are shown. Sections were stained with H&E. Scale bar=50 µm. Data represent the mean±S.E. * p<0.05. Reprinted from Sakai H., et al., J. Pharmacol. Exp. Ther., 361, 501–505 (2017)3) with kind permission from the American Society for Pharmacology and Experimental Therapeutics.
しかし,この結果より,アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration: FDA)ガイダンスに基づいたヒト臨床用量は5.0 mg/60 kgとなり,吸入粉末剤化には更なる薬効量の低下が必要であることがわかった.そこで,薬物低用量化を目指したDDSの構築を行った.
Am80の作用点である核内への移行量を向上させるために,生体内の仕組みを活かしたAm80の核内送達システムを構築した.そのシステムとは,2種の細胞内環境応答ユニットである「第三級アミン」と「ジスルフィド結合」を搭載した機能性脂質SS-cleavable proton-activated lipid-like material(SS-OP)11)を用いてAm80を効率よく細胞質内へ送達させ,その後,細胞質内に存在する核移行シグナルを活かしたAm80の核内送達戦略である.レチノイン酸受容体(retinoic acid receptor: RAR)は細胞質中に存在し,レチノイン酸と結合することで核内に移行し標的遺伝子の転写を活性化することが報告されている.12,13)合成レチノイドであるAm80も,細胞質内に存在するRARと結合し,核へと移行することが考えられる.
調製したAm80封入SS-OPナノ粒子の物性は,125 nm程度の中性ナノ粒子であり,Am80の封入率も70%以上と良好であった.In vitroにおいて核内送達戦略を検証した結果,まず,Am80を封入したSS-OPナノ粒子は,COPDモデルマウス化によって増加したapolipoprotein E(ApoE)を介して細胞内に取り込まれることが示された.細胞内に取り込まれ,エンドソーム膜に包まれた粒子は,その後,細胞質中に放出されている様子が顕微鏡下で観察され,エンドソーム内の低pH環境に応答したSS-OP脂質の第三級アミンがプロトン化し,カチオンとなることで効率的にエンドソームを脱出することが示唆された.さらに,還元剤を用いた評価系を用いることで,細胞質内グルタチオンの還元反応によりSS-OPのジスルフィド結合が開裂することで,内封薬物を放出することが示唆された.また,RARαをノックダウンした細胞では核内へのAm80移行量が有意に減少し,細胞内に放出されたAm80の核内移行にRARαが関与していることが明らかとなった.Am80の核内移行量はSS-OPナノ粒子に封入することで有意に増加した.以上より,Am80封入SS-OPナノ粒子のApoEを介した細胞内取り込み,SS-OP脂質の第三級アミンによる効率的なエンドソーム脱出とジスルフィド結合開裂による内封薬物の放出に続き,細胞質内に存在するRARαの関与によるAm80の効率的な核内送達が達成された(Fig. 3).10)このAm80封入SS-OPナノ粒子の分化誘導効果を検討したところ,未封入時の100分の1の曝露濃度である1 µMで細胞の分化が認められた.9)
Reprinted from Akita T., et al., Pharmaceuticals (Basel), 16, 838 (2023).10)
次に,エラスターゼ誘発性COPDモデルマウスに対し,Am80封入SS-OPナノ粒子を週2回,3週間にわたり経肺投与を行った結果,未封入時の100分の1の投与量である0.01 mg/kgでLm値と呼吸機能がともに有意に改善した(Figs. 4 and 5).このときの肺組織切片を免疫染色したところ,薬理効果が得られた投与量において,肺胞構成細胞であるI型及びII型肺胞上皮細胞マーカーの発現が増加しており,これにより組織の修復に伴い,細胞の分化が誘導されたことが示された.9)
(A) A lung section observed under a BZ-9000 microscope (×20. Scale bar: 100 µm). (B) The mean linear intercept (Lm). Sections were stained with H&E. Data represent the mean±S.E. (n=5–8). ** p<0.01 and *** p<0.001, Dunnett’s test, vs. saline group. Reprinted from Akita T., et al., Pharmaceutics, 15, 37 (2022).9)
FEV0.05/FVC was measured by flexiVent. Data represent the mean±S.E. (n=3–6). * p<0.05 and *** p<0.001, Dunnett’s test, vs. saline group. FEV: forced expiratory volume; FVC: forced vital capacity. Reprinted from Akita T., et al., Pharmaceutics, 15, 37 (2022).9)
これまでの検討により,FDAガイダンスに基づくAm80臨床用量は0.05 mg/60 kgと推定された.臨床応用を目指し,患者吸気の空気衝撃で多孔質な凍結乾燥ケーキが瞬時に崩壊し,微粒子を生成する凍結乾燥を用いたlyophilizate dry powder inhalation(LDPI)システム14–17)に着目し,Am80封入SS-OPナノ粒子製剤設計とその有用性を評価した.
吸入粉末剤の吸入特性評価には,一般試験法として,空気力学的粒度測定法がある.代表的な測定法であるmulti-stage liquid impinger(MSLI)法は,ヒトの吸入力を反映した定量的な測定法であり,吸入剤の特性やデバイス性能を正確に把握することができるが,わずかな検体数でも測定には多くの時間を要する18)ことから,実験計画法を用いた処方の最適化検討には適していないなどの問題があった.一方,time-of-flight(TOF)の原理に基づく空気力学的粒度測定装置のaerodynamic particle sizer(APS)は,粒子の飛行時間を測定することで空気力学的粒子径を測定することができ,多くの検体を短時間で簡便に測定することが可能だが,ヒトの吸入力を反映したMSLIと同一条件での測定はできなかった.そこで,多孔性微粒子からなる吸入粉末剤の,ヒトの吸入力を反映したより簡便な空気力学的粒度分布測定法を確立するため,APSにMSLIと同様なglass throatの分散ユニットを追加し,MSLI測定と同条件下で製剤を分散させ,MSLIと相関する値が得られるような,改良型APSを作製した(Fig. 6).この改良型APSは,改良型APSの測定時に設定する多孔性微粒子の粒子密度に変換係数を導入することで,MSLIと相関する値が得られた.つまり,改良型APSを用いて多孔性微粒子の吸入粉末剤の空気力学的粒度分布測定をMSLIと同一条件下で簡便に測定することが可能となった.19)
Glass throat and linear vacuum pump were added so that formulations can be dispersed under the same condition as for multi-stage liquid impinger measurement (flow rate of 30 L/min at a pressure drop of 4 kPa with two-way needle device). Dispersed particles are measured at a flow rate of 5 L/min, which is the standard flow rate for APS measurement. Reprinted from Miyamoto K., et al., Pharmaceutics, 12, 976 (2020).19)
製剤の添加剤として,先行研究20)の知見に基づきフェニルアラニンとロイシンを選択し,応答曲面法を用いて,改良型APSを使用して確立した簡便な空気力学的粒度分布測定法にて最適添加剤量を決定した.作製したLDPI製剤の評価は,微粒子の肺到達割合であるfine particle fraction(FPF)5 µm以下の測定,目視による外観スコア評価及び放出スコア評価を行った.応答曲面法の1種である中心複合計画を用い,脂質,フェニルアラニン,ロイシンにおける1 vialあたりの添加量を変化させ,前述の評価3項目について結果をプロットした.その結果,すべての評価項目において脂質量にかかわらず,応答曲面は同様の挙動を示した.Phe含量の増加とLeu含量の減少に伴い,外観スコアは改善傾向を示したが,一方でFPF≤5 µm及び放出スコアは低下傾向を示した.それぞれの評価項目の最大値が一致しないため,放出スコア2以上かつ外観スコア2以上を満たす領域で,FPF≤5 µmが高値となる点を最適点とし,フェニルアラニン1.25 mg/vial,ロイシン0.65 mg/vialを最適な添加剤量と決定した.決定した最適処方で作製した製剤について,MSLIを用いて吸入特性試験を行った結果,1バイアル1回の吸入で0.06 mgのAm80が肺に送達されることが示唆され,Am80封入SS-OPナノ粒子の臨床用量を満たす吸入粉末剤が得られた.
本総説では,肺胞再生候補化合物としてAm80を見い出し,SS-OPナノ粒子を用いた効率的な細胞質デリバリーと生体システムを利用したDDSの構築,そしてAm80封入SS-OPナノ粒子の吸入粉末剤の製剤設計について紹介した.本研究の目指す肺胞再生治療のコンセプトは,ヒト肺胞上皮前駆細胞を用いて見い出した新たな肺胞再生分子を,COPD患者の肺胞表面に存在している体性幹細胞に対して効率よく送達可能なDDSの構築と吸入剤を開発し,肺胞の再生誘導を行うものである.本研究成果が,今後,COPDの根治治療薬の開発につながることを期待したい.
本研究は,東京理科大学薬学部DDS・製剤設計学にて行われたものであり,研究室配属時より現在に至るまで終始御懇篤なる御指導御鞭撻を頂いている山下親正教授に,深甚なる謝意を表します.また,本研究を進めるにあたり,貴重な御助言,御支援を賜りました多くの共同研究者の先生方に厚くお礼申し上げます.最後に,多くの実験を行い,粘り強く取り組んで成果につなげてくれた研究室の皆様に,深く感謝いたします.
本研究の一部は日油株式会社との共同研究により実施された.
本総説は,2023年度日本薬学会関東支部奨励賞の受賞を記念して記述したものである.