2025 Volume 145 Issue 2 Pages 101-104
Pesticides, veterinary drugs, and feed additives (hereinafter referred to as “pesticides”) can remain in foods when used in agricultural and livestock products. Since consuming a variety of foods every day can result in ingesting trace amounts of these pesticides, which may be harmful to health, risk management for residual pesticides in foods is necessary to prevent adverse effects. Based on the Food Sanitation Act, the Ministry of Health, Labour and Welfare (MHLW) has established maximum residue limits (MRLs) for each pesticide and each food type. Currently, approximately 770 pesticides have MRLs set. Since May 2006, Japan has implemented a positive list system, prohibiting the distribution of food containing residual pesticides exceeding the MRLs or uniform limit of 0.01 ppm for pesticides without established MRLs. Appropriate analytical methods are required to determine whether pesticides exceed the MRLs or uniform limit. Currently, MHLW has notified ten simultaneous analytical methods and approximately 350 individual analytical methods. However, many pesticides still lack developed analytical methods. These methods should be simple, quick, and accurate, but developing them is challenging. The National Institute of Health Sciences, in cooperation with local health institutes, registered conformity assessment bodies, and universities, is working on developing these analytical methods. This lecture introduces an overview and the challenges of analytical methods for detecting residual pesticides.
農薬,動物用医薬品及び飼料添加物(以下,農薬等という)を農産物の栽培や畜水産物の飼育の過程で使用すると,表面に付着し,一部は吸収され内部に移行し代謝及び排泄により減少していくが,農畜水産物中に微量の農薬が残留する可能性がある.農薬等が残留する農畜水産物を食品として食べる際に健康に悪影響が生じないよう,リスク管理が必要であり,厚生労働省(令和6年度からは消費者庁)が,食品中に含まれることが許される残留農薬等の限度量として残留基準値を農薬等毎,かつ食品毎に設定する.
わが国では2006年5月29日以降,ポジティブリスト制度が運用されており,残留基準値が定められている物質,約770品目(農薬関連:約590品目,動物用医薬品関連:約180品目)について,基準値を超える残留が検出された場合,食品衛生法に基づき流通が禁止される.残留基準値が定められていない物質については,一律基準0.01 ppmを超える残留が検出された場合,流通が禁止される.また,グルタミン酸等,健康損なう恐れがないことが明らかな物質については,ポジティブリスト制度対象外として流通可能とされている.なお,農薬等の代謝物にも毒性等の懸念が認められる場合はそれらも規制対象となり得るため,一つの品目の中で規制対象化合物が複数ある場合がある.一例として,農薬アメトクトラジンの場合,「農産物にあってはアメトクトラジンのみとし,畜産物にあってはアメトクトラジン,代謝物B{4-(7-アミノ-5-エチル[1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリミジン-6-イル)ブタン酸}及び代謝物G{6-(7-アミノ-5-エチル[1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリミジン-6-イル)ヘキサン酸}とすること.ただし代謝物B及び代謝物Gはアメトクトラジンの濃度に換算すること」(令和5年10月18日健生発1018第2号)と通知されている.
上述のように基準値が規定されている以上,食品中に残留する農薬等が基準値を超過するか否かを適正に検定する必要がある.そのため適切な試験法が必要であり,国立医薬品食品衛生研究所を中心として,地方衛生研究所,厚生労働省登録検査機関,大学等,様々な機関のご協力の下,開発を継続してきた.以下,その概要を説明する.
食品に残留する農薬等の試験法は多数あるが,厚生労働省が告示又は通知したものを公示試験法と称し,告示試験法と通知試験法に大別される.告示試験法は「食品,添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)(以下,厚生省告示第370号という.)」に規定する試験法であり,不検出基準の農薬等の試験法である.一方,通知試験法は「食品に流通する食品に残留する農薬,飼料添加物,または動物用医薬品の成分である物質の試験法について(平成17年1月24日付け食安発第0124001号厚生労働省医薬食品局食品安全部長通知)(以下,食安発第0124001号通知という.)」に規定する試験法であり,不検出基準を除く農薬等の試験法である.
また,分析対象化合物の観点から,試験法は一斉試験法と個別試験法に分けられる.一斉試験法は,一つの試験法で複数多数の化合物を分析できる試験方法であるが,物性により適用できないものや,酸化還元反応や加水分解等の変換反応が必要なため適用できないものも多数ある.そういったものは品目毎に個別試験法を開発し,対応する.なお,二品目以上に適用可能なグループ試験法あるが,これらも個別試験法に含む.2024年3月現在,告示試験法には26試験法があり,すべて個別試験法である.また,通知試験法として10の一斉試験法と357の個別試験法が通知されている.1)
試験法未整備の農薬等もまだ多数あるうえ,基準値が見直され規制対象化合物が変更された場合,試験法を再開発する必要も生じる.試験法の開発方針は,まず一斉試験法の適用性を検討し,適用できない場合は個別試験法を開発することになる.
公示試験法はすべて,試料採取,抽出,精製,測定という工程で成り立っている.
試料採取に関して,厚生省告示第370号又は食安発第0124001号通知の総則4において,検体,分析部位は食品の種類によって個別に規定されている.例えば,大麦やそばを分析する際は脱穀した種子を検体として用い,米を分析する際は玄米を検体として用いる等,規定されている.もしも検体を間違えた場合,あるいは試料採取の方法が不適切だった場合,分析が適切に行われたとしても正しい結果は得られず基準値判定できない,又は間違った判定につながるという問題が起きるため,試料採取は厚生省告示第370号又は食安発第0124001号通知に従い適切に実施することが重要である.なお,検体を十分に均一化することも非常に重要な操作であるが,本稿では割愛する.
試験法開発においても,試料採取は厚生省告示第370号又は食安発第0124001号通知に則り適切に実施する.よって,開発のために検討するのは抽出・精製・測定の工程についてである.
抽出は,食品試料から分析対象化合物を抽出する工程であり,分析対象化合物を溶解する溶媒を用いる.農産物の場合は原則としてアセトンを使用する.畜水産物の場合は脂肪とともに抽出するよう抽出溶媒を検討するが,現実的にはアセトン,アセトニトリル,メタノール等,かならずしも脂肪の分散や溶解性がよくないものを使用することも多い.そういった場合は,各溶媒の抽出効率などについて詳細に検討を行ったうえで溶媒を決める.また,有害な溶媒は使用しない,濃縮や精製が容易な溶媒を使うという方針としているが,古くに開発された試験法などではクロロホルムやジクロロメタン等を使用する試験法もあり,今後,試験法を改良する必要がある.なお,昨今の国際的な分析法では,農産物でも畜水産物でもアセトニトリル,又はアセトニトリル・水混液を抽出に用いることが増えており,今後の試験法開発においてはアセトニトリル・水混液を用いた抽出の検討も重要になると考えられる.
精製は,測定を妨害する夾雑物を除去するため,液液分配やカラムクロマトグラフィーを検討する.液液分配では,水系の抽出液から分析対象化合物を有機層に転溶する.あるいは,特に畜水産物のように油脂が多い試料の場合,アセトニトリルや水の抽出液に対しn-ヘキサンで分配することで脂肪をn-ヘキサンに移して除去することが多い.カラムクロマトグラフィーは,古くに開発された試験法には実施者がクロマト管に樹脂をつめてカラムを準備する方法が記載されているものもあるが,最近は市販のミニカラムを用いた簡便で効率的かつ効果的な操作が検討され採用されている.
測定は,分析対象化合物の物性に応じてGC又はLCを用いる.検出器は,十数年前までは化合物に応じてGCなら炎光光度検出器(flame photometric detector: FPD)や熱イオン化検出器(flame thermionic detector: FTD),LCなら紫外吸光度検出器(UV-Vis detector: UV)や蛍光検出器(fluorescence detector: FL)なども多用されていたが,近年はMS,特にMS/MSを用い,選択反応モニタリング(selected reaction monitoring: SRM)で選択性を向上させた測定が主流になっている.そして測定において強調したいのは,定量は絶対検量線法で行うということである.海外の分析法では内標準法や標準添加法を使用し,簡便かつ迅速な方法としている場合もあるが,わが国の試験法開発事業においては,各作業工程での精製効果に関する知見の蓄積も,目的としているため,絶対検量線法で定量しても良好な回収率を得られる試験法の構築を目指している.
抽出から測定までの作業工程が確立された後は,添加回収試験を実施する.ここで得られた真度,併行精度等が「食品中に残留する農薬等に関する試験法の妥当性評価ガイドライン(平成22年12月24日付け食安発1224第1号)」に示される目標値を満たせば,その試験法は専門家から構成される残留農薬等試験法開発事業評価会議で審議される.文言の修正や,必要に応じて追加検討も行い,試験法が厚生労働省から通知される.ただし,食品由来のマトリックスは多種多様で複雑である.試験法の開発検討において,ある食品試料を用いた添加回収試験の結果が妥当性評価ガイドラインの目標値を満たしたとしても,品種,産地,収穫時期等が異なる試料を分析した場合,十分な性能が発揮されない可能性はある.公示試験法により検査する際は,かならず検査実施者が事前に妥当性評価を実施することとしており,また必要があれば一部操作の変更も可としているが,その場合の検討の労力を減らすため,参考となるよう開発検討の報告書を公開している.1)
3-1. 公示試験法の例ここで,公示試験法の概要をいくつか例示する.
通知一斉試験法の一つである「LC/MSによる農薬等の一斉試験法III(畜水産物)」は,各農薬等を試料から酢酸酸性下アセトンで抽出し,アセトニトリル/ヘキサン分配(はちみつの場合は省略),オクタデシルシリル化シリカゲルミニカラム,グラファイトカーボンミニカラム及びシリカゲルミニカラムで精製し,LC-MS/MSで定量及び確認する方法である.
個別試験法の一つである「フラボフォスフォリポール試験法(畜産物)」は,モエノマイシンAを試料から50°Cに加温したアンモニア水及びメタノール(1 : 9)混液で抽出し,酢酸エチルで洗浄した後,トリメチルアミノプロピルシリル化シリカゲルミニカラムで精製し,LC-MS/MSで定量及び確認する方法である.2)
また,告示試験法の一つ「酢酸メレンゲステロール試験法」は,畜産物を対象とする試験法で,酢酸メレンゲステロールを試料から,酢酸酸性下,n-ヘキサン及び無水硫酸ナトリウム存在下,アセトニトリルで抽出し,オクタデシルシリル化シリカゲルミニカラムで精製した後,LC-MS/MSで定量及び確認する方法である.3)
ここで例示した公示試験法は,非常にシンプルにみえるだろう.しかしながら,試験法によって対象食品の数も種類も異なるものの,検討対象食品すべてで添加回収試験の結果が妥当性評価ガイドラインの目標値を満たすよう,各作業工程で非常に細かい検討を実施しており,開発検討にかける労力と時間は甚大なものである.現在,公示試験法はすべて厚生労働省のホームページから閲覧可能となっている.近年開発された試験法については,開発検討報告書も閲覧可能であるので,ぜひ御一読頂きたい.
近年,残留基準値の見直しに際して代謝物も規制対象になることが増えている.代謝物は一般に,農薬等が水酸化されたものや抱合体等であり,元の農薬等と物性が大きく異なることが多い.そのため一斉試験法が適用できず,変換反応を含む個別試験法を開発せざるを得ない.開発検討の難易度が上がる一方で,特に地方衛生研究所では人材不足が著しい.開発検討に有用なデータの蓄積・整理・共有や,コロナ禍で途絶えてしまった開発者同士の交流の再開と人材育成等が急務と考えている.
上述の通り,食の安全・安心のため,食品に残留する農薬等には残留基準値が設定され,その検査のために残留農薬等試験法が活用され,あるいは継続して開発されている.これは,食品分野におけるレギュラトリーサイエンスである.薬学教育においてレギュラトリーサイエンスと言えば医薬品の品質保証や品質管理に重点が置かれるだろうし,食品分野は農学出身者の活躍の場というイメージもあるかもしれない.しかしながら,食の安全・安心を支えるのは分析化学であり,薬学教育でもかならず学習するものである.試験法が未整備の農薬等はまだ多数あるうえ,既存の試験法でも改良の必要なものがあり,試験法開発は今後も継続される.薬学部出身者もどんどん食品分野のレギュラトリーサイエンスに参加し活躍することを期待し,本稿がその一助となれば幸いである.
本稿の内容は,厚生労働省(令和6年度から消費者庁)の「食品に残留する農薬等の成分である物質の試験法開発事業」,及び厚生労働科学研究費補助金(令和6年度からは食品衛生基準科学研究費補助金)の成果であり,試験法開発に参画して頂いた地方衛生研究所,厚生労働省登録検査機関,及び大学の関係各位に厚く御礼申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,日本薬学会第144年会シンポジウムS16で発表した内容を中心に記述したものである.