YAKUGAKU ZASSHI
Online ISSN : 1347-5231
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ISSN-L : 0031-6903
Reviews
Promoting Research on Modeling and Simulation
Akihiro Hisaka
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2025 Volume 145 Issue 3 Pages 223-246

Details
Summary

As I recently retired from Chiba University, I would like to describe how I began my research career, some of my accomplishments in the research field of modeling and simulation, and future prospects in this area. Here, I discuss the research topics of drug interactions, the oral absorption of drugs, analyses of between-group and individual differences in pharmacokinetics based on the theories of physiologically-based pharmacokinetics and population pharmacokinetics, and my roles in implementation of the drug interaction guideline. Furthermore, I also discuss modeling topics unrelated to pharmacokinetics, i.e., the analyses of the long-term progression of chronic diseases, such as Alzheimer’s disease, Parkinson’s disease, and chronic obstructive pulmonary disease using individual patient information; the spread of the coronavirus disease 2019 (COVID-19) pandemic; and prognostic factors of chronic heart failure with the view towards personalized medicine. After completing my Master’s course at Hokkaido University, I joined a pharmaceutical company and worked as a pharmacokinetics researcher for 21 years, while obtaining my doctoral degree. I spent the next 9 years as a hospital pharmacist focusing on scientific research at the University of Tokyo Hospital, and the last 10 years as a Professor of Clinical Pharmacology and Pharmacometrics at Chiba University. My career is, therefore, characterized by involvement in pharmaceutical sciences from many different perspectives. This description focuses rather on the background of the studies than scientific details.

1. 薬学研究と天気予報

最初に結論から,これまで私が専門にしてきた薬学分野のモデリング&シミュレーション(modeling & simulation: M&S)は,いったい何を到達点にすべきかとの話から始める.われわれの目的は,「医療の天気予報を作ること」ではないかと私は考えている.最近の天気予報はよく当たる.だから運悪く雨に当たって酷い目に遭うと,天気予報を見なかったことを責められるご時世である.そのような信頼できるシステムを医療で実現する価値は,社会的に極めて高いのではないだろうか.しかし,現実には薬物治療は現代科学として実に精度が低い.薬を飲んでもたいして効かない可能性があると患者も医者もわかっている.病気は天気予報のようにはいかないと思うかもしれない.しかし,私が幼かった50–60年前の天気予報は現在ほどは当たらなかった.雨が降らない予報でも降ることがそこそこあって,お天気担当のアナウンサーはそのたびに頭を下げていた.当たる確率は,その頃の6–7割から現在は9割程度に向上している.

なぜ天気予報は当たるようになったのか.それは,全地球の表面を多層にわたり数キロおきの碁盤の目に区切り,その格子点のすべてに実際の地形や日射量,気圧,温度,湿度等を割り振り,非線形偏微分方程式(ナビエ・ストークス方程式と呼ぶ)をスーパーコンピュータで解いて未来を網羅的に計算して予測しているからである(ちなみにこれは津波や地震の予測で使われているものと同種の技術である).しかも計算と現実の誤差は,気象衛星の情報等で常に補正している.そのような仕組みを構築するのに,実に50–60年の時間を要したのである.ちなみにナビエ・ストークス方程式の導出は1823年に遡り,初めてのコンピュータによる天気予報の試みは1950年,日本で最初に北半球モデルでの計算を開始したのは,私が生まれた1959年とのことである.それだけ多くの専門家の,長期の努力の集積があるということだ.翻って,現在のわれわれの分野の薬物動態,薬効,毒性,そして疾患進行の予測はどうだろうか.60年前の天気予報のレベルに到達しているかどうか.60年前には,日本では富士山頂に気象レーダーが設置された.そのくらい戦略的に,医療の網羅的予測の精度向上を投資して進める社会的合意や研究者の覚悟があるのか,残念だが大変心許ない.

もし仮に近い将来,われわれが天気予報並みの精度で疾患や治療の帰結が予測できたとしたらどうだろう.合理的な選択をすることで医療の位置付けが変わり,われわれの人生さえも大きく変化するのではないだろうか.宇宙開発,自動車の自動運転,量子コンピュータなど,社会の重要な革新,あるいは夢の実現を考えるときに,治療や疾患の帰結の高精度の予測は,その中に割り込む価値が十分にあるのではないか.

予測精度を向上させるには,観察点を増やしてモデリングを精密にするしかない.これは科学的な鉄則で抜け道はない.そんな当たり前の努力を医学薬学の領域でわれわれは戦略的に払っているだろうか.例えば薬物吸収については,本当にやる気になれば消化管局所の各種情報を精密に収集することが技術的にできるはずである.臨床情報についても,大量の臨床試験やカルテの個別情報が解析されずに多くが放置されている状況である.これらの精密な研究は手間がかかり,目の前の新薬を開発する効率には直ちには影響しないので実際のところ多くの人が目を背けている.私は,ここ20年ほどもこの予測精密化の本質的な努力を薬学領域の研究は放棄して停滞しており,手近な,しかし現実離れしたモデルを使った偶然に頼った技術で中途半端に良しとする風潮に流されている気がするのだ.人工知能の発達はこの状況を革新するとの声も聞く.しかし,現状の多くは理論の理解を放棄した単なる便法としての利用に留まっており,科学進歩の観点からは全く逆効果だろう.精度の向上を正攻法で実現しようとするなら,天気予報なみの努力を数十年にわたって払う必要があるのが現実であり,社会,そしてもちろんわれわれ自身が,その価値と対価を正しく認識することがまずは重要と考える.モデリング・シミュレーション研究は口先だけの便法であってはならず,組織的な人材育成と投資が長期間にわたって必要な分野であることをまず最初に強調したい.

2. 北海道大学時代:薬化学講座での研究とソリブジン

私は北海道出身で1984年に北海道大学大学院薬学研究科修士課程を修了した.大学・大学院では水野義久教授が主宰する薬化学講座に所属した.水野先生は日本で核酸有機化学を創始した先生であったが,直接の指導は研究室の池田一芳助教授から受けた.私は,5置換ピリミジンを含む異常オリゴヌクレオチドの合成を研究テーマとして選択した.

当時,研究室は5置換ピリミジン合成に非常に熱心であったのだが,その理由はヤマサ醤油株式会社の研究員との共同研究で合成したアラビノシル5-ブロモビニルウラシルに,非常に高い抗ウィルス活性が見い出されたためである.当時この化合物は新薬候補品として開発が進行中であり,最終的には私が卒業した後,1993年に日本商事株式会社より商品名ユースビルとして発売された.これが帯状疱疹の特効薬ソリブジンである.1ソリブジンの合成の報告の責任著者は水野先生であったのだ.2しかしよく知られるように,ソリブジンは5-フルオロウラシルとの相互作用のため発売後1年で15人の死者を出し,日本商事株式会社の杜撰な対応があってわが国で代表的な薬害事件となってしまった.3研究室やヤマサ醤油株式会社はこの問題について何の責任もないが,関係者にとっては痛恨の極みであったことと思う.後年,私は薬物相互作用の日本のガイドラインの仕事に係わったが,ソリブジンを出さないためのガイドラインが必要と強く考えた.実際のところ私の後の専門領域と出身研究室の研究分野は全く異なるが,薬物相互作用については本当に不思議な因縁であった.なお,猛威をふるった新型コロナの特効薬となったワクチンはシュードウリジンを構成成分とする人工RNAであるが,シュードウリジンは5置換ピリミジンの1種であり,伝統的に核酸合成に強いヤマサ醤油株式会社が世界的な原料の供給メーカーとなり注目を集めた.4これについて昔を知る人間としては,少し溜飲を下げる思いであった.

3. 企業での研究:薬物動態学のモデル解析研究の開始

私は大学院修了後に万有製薬株式会社に入社し,中央研究所薬物代謝研究部の所属となった.万有製薬株式会社はちょうどその時期に米国メルク社(Merck & Co., Inc.)の完全子会社になった.後に万有製薬株式会社はMSD製薬株式会社と名称を変更している.当時,メルク社は世界でトップクラスの製薬会社との評価が定着していた.私は,それまではコンピュータには触ったこともなかったが,ふとしたきっかけで入社後にパソコンのプログラミングの勉強を始め,それが性に合った.いつのまにか研究所で樋坂はコンピュータが得意だ,ということになり,それが私のモチベーションになった.当時,京都大学の山岡 清先生と谷川原祐介先生が書いた書籍に掲載されたプログラムを入力し,コンパートメントモデル解析,モーメント法解析,ルンゲクッタ法などに加え,基本統計,多変量解析や主成分分析,逆ラプラス変換,フーリエ変換などのプログラムと方法論を勉強した.今考えると,それらの仕事は学問としての新規性はなく,レベルも決して高いものではなかったが,モチベーションを持って自分で知識を吸収できたことは幸せであったと思う.

当時,β遮断薬,Caチャンネル拮抗薬,H2ブロッカーなどの新薬で,体内動態の優れた後発品が先発品の売上を凌駕する事態が相次いだ.このため,製薬会社はそれまでは後期の開発研究で初めて体内動態を研究していた方針を改め,早期の創薬研究で体内動態を評価するようになった.私はこの点に着目し,研究所内で開発部門から異動を希望して創薬研究部門での体内動態評価を担当した.そのころ,米国メルク社が万有製薬株式会社に300億円を投資し,つくばに300人規模の日本でも最大クラスの研究所を新設した.私はつくばに異動し,やがて研究所内のすべてのプロジェクトの体内動態評価を引き受ける役割を担った.また当時,高額なLC/MSが導入され始め,私はその機種選定に深く係わることになった.さらに米国メルク社に出張してプロジェクトの説明をするなどの機会もあった.これらは社歴5–7年程度の若さとしてはかなりの重責であり,学位がないことに強い問題意識を持った.

4. 企業での研究:薬物動態モデル解析への偏微分方程式数値計算の導入

学位をとることを考えると,会社のプロジェクトだと会社都合で研究の継続が左右されるので,コンピュータ研究がテーマとしてよいと考えた.これが私の専門領域がモデリングになった理由である.当時,NECのPC-9801™の全盛期で,私も会社で何台も導入した.しかし,PC-9801では十分に能力の高い解析プログラムが作れなかった.まだWindows 95™が出現する前の話である.そんなときにスティーブ・ジョブスがアップルから追い出されて作ったNeXT™コンピュータを知り,強い魅力を感じた.オブジェクト指向プログラミング,グラフィックインターフェースなど,コンピュータ自身の魅力が大きかった.結局300万円もするNeXTを自分で購入し,統合的な薬物動態解析ソフトを作り始めた.この投資の決断は明らかに無謀であったが,それが学位研究につながり,その後の私の人生を大きく変えた.これが,今に至るまで私が研究で使っている解析ソフトNumeric Analysis Program for Pharmacokinetics(Napp)の始まりであり,なんと30年以上にわたって私の研究を支えてくれている.5なおNappは現在公開されて国内の研究者には広く使われており,Nappを利用した原著論文は36報にのぼる.6

薬物動態学として私は生理学的薬物速度論に強い興味を持ち,その中で特に臓器モデルとして拡散モデルに注目した.汎用されている撹拌モデルは微分方程式で記述されるのに対し拡散モデルは偏微分方程式で記述されるため,非線形動態の計算が複雑であり,当時,薬物速度論の研究領域では誰も成功していなかった.しかし,流体力学などの分野では,当時からスーパーコンピュータを使った非線形偏微分方程式モデルの数値計算が汎用されており,私は流体力学の参考書を買い漁ってNappにそのアルゴリズムを組み込みそれを実現した.7学会発表ではスペースシャトルの大気圏再突入時の外壁温度上昇のシミュレーション研究の図を示し,これと同種の技術で肝臓の動態を解析したとやって座長の先生を呆れさせた.しかし後年聞いた話では,薬物吸収シミュレーションで有名なGustroPlus™の創業者は,薬物動態の解析を始める前にスペースシャトルの打ち上げの燃費改善のための姿勢制御のシミュレーション研究をやっており,その成果で実際に背面飛行で上昇することになったとのことなので,このアナロジーは全く外れている訳ではない.

薬物動態関連の学会では,東京大学薬学部の杉山雄一先生の論客ぶりは明らかで,当時私はたちまち魅了された.そこで学会で先生に拡散モデルについて詳しく質問したところ,先生は私を研究室に招いてくださり,東京大学に初めて足を踏み入れた.これが長年にわたり先生から薫陶を受け,多くの共同研究を進めることになったきっかけである.もう一つ大変驚いたのは,先生の研究室にそのときにNeXTコンピュータがあり,そのためNappの解析がその場で再現できたことである.その後,かなりの時間を要したが,私は1999年に東京大学から薬学博士学位授与を受け,また先生の研究室でもNappを研究に利用して学位をとる研究者が複数出現することになった.8,9私は学位研究で拡散モデルの数値計算法を開発する課程で,これまで広く認められていたmixedと呼ばれる境界条件が理論的に間違っており,使用すべきでないことを見い出した.10これを論文にすると当時の拡散モデルの大御所の先生から反論があり,それに対しても強い反論を述べて大論争となった.この論争以来,拡散モデルの境界条件はclosedに統一された.

当時,私が係わった創薬プロジェクトの中にBQ-123などのエンドセリン拮抗薬があり,ユニークな環状あるいは短鎖ペプチド構造を有していた.11これらは生理活性,代謝安定性には優れていたが体内動態が悪く,経口吸収性が極めて乏しいうえに肝臓に取り込まれて速やかに胆汁排泄された.この肝臓内動態の機構解明が杉山先生の研究室の重要なテーマの1つとなった.12,13現在の知識からは,これはトランスポーターorganic anion transporting polypeptides(OATP)1Bで肝臓に取り込まれ,トランスポーターmulti-drug resistance protein 2(MRP2)により胆汁排泄されるためであるが,これらのトランスポータの同定やその役割は,その後10年程度の研究で初めて明らかになったものである.私の学位研究はBQ-123の全身動態が肝臓のトランスポータの活性で支配されていることをin vitro(試験管レベル),in situ(臓器レベル),in vivo(生体レベル)の実験と解析を通じて整合的に説明したもので,拡散モデルの数値計算法がその基盤となった.14

NeXTはフルセットだと600万円もして,全く市場を広げられず商業的には3年程度で失敗となり工場は閉鎖された.しかし,アップルの方では自社OSの開発に失敗し,外部から技術を導入せざるを得なくなり,結局NeXTの技術が選択された.その結果,ジョブスはアップルに復帰し,今に至るMac OS-X™が生まれた.そのため,やがてNappもMac™で動作するようになった.ジョブスがiMac™, iPhone™, iPad™を発表するのはその後のことであるが,すべてNeXTの技術が継承された.一方でNeXTの失敗を教訓に,その後,アップルはアイデアを創出しても決してハードウェアは生産せず,すべてアジアの企業に作らせた.残念ながら,PC-9801を始めとする日本のハードウェアにこだわったパソコン技術は,やがて一掃されてしまった.もちろん,日本の電子部品技術が現在も世界を支えている部分はあると思うが,NeXTコンピュータが哲学として説得力を保ち,世界に影響を与えたことには今でも大きな魅力を感じる.

5. 企業での研究:臨床薬理学との係わりとバイオックス事件

私のつくば研究所での活動は長くは続かず,やがて開発研究部門に異動し,更にすぐに臨床開発部門に移り創薬研究に携わることはなくなった.臨床開発部門では臨床薬理開発室に所属し,また慶應義塾大学医学部の谷川原祐介教授の下に通って慶應義塾大学リサーチパークの研究活動に従事し,母集団薬物速度論解析について学んだ.臨床薬理開発室では,骨粗鬆症治療薬アレンドロネートや世界初のDPP4阻害薬であるシタグリプチンなどfirst in classの薬剤の開発に薬物動態の専門家として携わり,米国メルク社の戦略を内側から観察できたことは大変勉強になった.

そんな中,2004年に米国ではバイオックス事件が発生した.当時米国メルク社の大きな売上を占めていたCOX-2阻害剤バイオックス(ロフェコキシブ)に,致死的な心疾患の副作用が見い出され,それを組織的に隠蔽していたとの社会的疑惑を受けたのである.15ロフェコキシブは日本では発売前だったために知名度は高くないが,米国ではバイオックス事件は米国食品医薬品局(U.S. Food and Drug Administration: FDA)をも巻き込んだ最大級の薬害事件としてよく知られている.米国メルク社の株価は急落して組織的な訴訟の嵐となり,和解のために50億ドルもの巨費を支払った結果,経営が傾き,最終的には米国メルク社は世界的に研究体制を縮小せざるを得なくなった.そのため,すべての万有製薬株式会社の基礎研究所は2007年に閉鎖となり,つくば研究所は大鵬薬品工業株式会社に売却された.私はその2年前の2005年に万有製薬株式会社を退社し,東京大学医学部附属病院薬剤部に講師として移っていたが,私の研究所時代の同僚はほとんどがそのためにレイオフとなった.人生は20年単位くらいでは,本当に予想もつかない事件で激変することがある.そのときに重要なのは,養った自分の実力と人脈となる.

6. 東京大学附属病院薬剤部での研究:個別化医療

東京大学薬学部分子薬物動態学教室で杉山雄一先生の下で准教授を務めた鈴木洋史先生は,東京大学医学部附属病院薬剤部に異動し,意欲的に人材を集めていた.そんな先生から私は声をかけて頂いたのは大変幸運であった.教授となった鈴木先生にどのような研究を指示されるか楽しみにしていたのだが,その期待は見事に裏切られた.「何の研究をやってもよいです.でも世界一になってください」と言うのがその指示であったのだ.今考えるとアカデミアとしてこれは普通なのだけど,企業では何の研究でもよいと言われた経験はなく非常に驚いた.まして自分が何をやれば世界一になれるか考えたことがないことに気づき,愕然とした.これは私が最初に感じた企業とアカデミアの大きな違いである.なお東京大学病院では薬剤師としての業務も一部行った.特にtherapeutic drug monitoring(TDM)については,7年間にわたりかなりの時間を割いて担当し,抗methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)薬等のベイズ推定による投与計画作成,臓器移植患者の免疫抑制薬の管理,さらにはintensive care unit(ICU)や新生児,未熟児を含むpediatric intensive care unit(PICU)の患者など,大学病院ならではの治療に密接に係わることができたのは,大変よい勉強になった.

東京大学に異動して気になったのだが,その当時,東京大学病院に超高感度薬物分析装置であるLC/MSの使えるものがなかった.私は企業での経験からその威力を痛感しており,必要性を強く訴えた.鈴木先生の予算獲得力の凄さではあるが,私が東京大学に在籍した9年間に薬剤部は3台のLC/MSを購入し,関連の研究は一変した.またそれとは別に私がアカデミアの力を感じたのは,在籍して5年目くらいに,鈴木先生が発案してFDAに出張して私達の関連研究をプレゼンする機会を設けたことである.このときに培ったFDAの臨床薬理とのパイプは,その後,相互作用の仕事で米国と日本でそれぞれ新薬の審査を担当するFDAと医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency: PMDA)の活動をつなぐのにとても役立った.

東京大学に異動後に最初に私が優先的に取り組んだのは,薬物代謝酵素CYPの遺伝子変異の情報を活かした個別化医療であった.重要な薬物代謝酵素の一種であるCYP2D6及びCP2C19には遺伝子変異が目立ち,個人により活性の違いが大きいため,遺伝子の情報を活かして用量を最適化する戦略は合理的と考えた.われわれは日本で処方機会の非常に多いエチゾラムとCYP3A阻害薬の相互作用はCYP2C19の遺伝子変異で大きく変化するとin vitro実験で予想し,これについてはP1クリニックの降旗謙一先生の協力を得て臨床試験を行った.その結果は予想通りで,エチゾラムには日本人の20%くらい存在するCYP2C19の活性欠損者ではCYP3A阻害薬との併用でarea under the curve(AUC)が通常の6倍にまで上昇する著しいリスクがあることを示した.この研究は当時の同僚で,現在東京大学薬学部講師の山本武人先生に論文を書いて頂いた.16山本先生は透析患者の用量調節を精密に行う研究で学位を取得し,17この研究でもNappが役に立てたのは幸いであった.

7. 東京大学附属病院薬剤部での研究:薬物相互作用,CR–IR法とPISCS

東京大学で始めた研究で重要なものとして,薬物相互作用の研究がある.これは東京大学病院薬剤部の薬品情報室の室長であった大野能之先生(現在副薬剤部長)の学位研究として始めたものである.大野先生は病院内で当時から「歩く添付文書」と称されるほど添付文書に詳しく,添付文書に記載の相互作用の情報をよく知っていたが,相互作用の記載に矛盾が多いことに強い問題意識があった.そのような背景から,臨床の現場で遭遇する多くの相互作用について,そのリスクを統一的に判断できる汎用的な方法の構築を研究の目的とした.当時,ずいぶん野心的な目標と言われたのを覚えている.まずは大野先生に,代表的な薬物代謝酵素であるCYP3Aの阻害による相互作用による血中濃度の上昇の報告を網羅的に調べほしいとお願いしたら,数日で数百件のデータをグラフにまとめて示してくれた.これを順番に並べると明らかに一定の傾向がある.そのようにしてcontribution ratio–inhibition ratio(CR–IR)法による相互作用の予測法が見い出された(Fig. 1).18,19この方法は薬物速度論の理論によく適合しているが,実は理論との一致は後で気づいたのである.

Fig. 1. Prediction of AUC Increase Due to Drug Interactions between Substrates and Inhibitors of CYP3A by CR–IR Method (Ohno Y., et al., Clin. Pharmacokinet., 46, 681–696 (2007).18))

White marks represent combinations used to calculate contribution ratios (CR) and inhibition ratios (IR). Black marks are combinations that were found to be appropriately predicted the AUC increases by this method.

薬物相互作用は肝臓の代謝酵素の機能を阻害する薬物の併用により,その基質薬の薬物動態が変化するなどにより起こる.その機構はほかにもあるが薬物動態学の分野では詳細に研究されており,多くの要因を精密に扱うには生理学的薬物速度論を使う解析が王道であり,専門知識を持つ研究者ほどそちらを選択する.しかし,臨床の現場で用いるには複雑すぎるし,多くの相互作用の機構は単純でもっと効率的に解決できるとわれわれは考えた.CR–IR法は,生体の構造を単純化して平衡状態を仮定して解いた生理学的薬物速度論モデルと一致する.つまり,現場で使い易く単純化した最もシンプルだが,理論的に正しい薬物相互作用予測モデルと言える.大野先生を喜ばせたのは,病院内で起きた薬物相互作用の実際の複数の事例を,この方法が非常によく説明したことである.またこの方法で添付文書の相互作用の注意喚起を検証してみると羅列的な記載ばかりが多く,系統的には全く整理されていないことにむしろ私が驚いた.更に調べるとこのラベリングの混乱は世界的なもので,この気づきがわれわれの薬物相互作用ガイドラインへの係わりの強いモチベーションとなった.この理論の詳細,及びこの予測法を基盤にした相互作用の管理方法pharmacokinetic interaction significance classification system(PISCS)20については,成書21,22があるのでそちらを参照されたい.CR–IR法は薬物動態の予測法であるのに対し,PISCSは臨床症状を基盤とし薬物動態を物差しとして利用する方法であるところに差異がある.

2009年に薬剤師向けの情報誌としてファーマトリビューンが発刊されることになり,出版社がその発刊の特集として薬物相互作用薬の一覧表をポスターとして付録にしたいとのことだが,内容についてどう思うか,との相談を杉山先生から受けた.その内容をみると,いくつかの教科書から調べられたものであるが,系統性がなくこれでは意味が乏しいと感じた.そこで大野先生と相談して重要なCYP分子種を網羅した相互作用に関係する基質薬,阻害薬,誘導薬の一覧表を作ろうということになった.これが今に至る相互作用薬分類の考え方の始まりである.ポスターの作成にあたっては大野先生の添付文書の知識が十分に発揮され,合理的で,しかも添付文書との矛盾にも十分配慮された実用的な表ができあがった.また当時,杉山先生の研究室に在籍した前田和哉先生(現在,北里大学薬学部教授)の御尽力で,トランスポーターの相互作用薬についても最新の情報を掲載した.このポスターは評判を呼び,毎年新薬の情報を更新して2019年まで毎年ファーマトリビューンの目玉企画の1つとして継続された.23その間,複数の特集記事や関連の漫画までが掲載された.ファーマトリビューンに限らず,「月間薬事」や「薬局」などから多数の相互作用の解説記事を大野先生と執筆することになった.2428残念ながらファーマトリビューンは休刊となったが,その情報は現在「治療薬ハンドブック」に引き継がれている.

2000年代初頭から,新薬開発費用の上昇が目に余るものとなり,一定の効率化を図らないとこのままでは継続できないのではないかとの危機感が生じた.そのような背景でFDAではCritical Path Initiativeの活動が開始された.新薬創出の言わば律速段階を明らかにして,FDAが率先してその部分の改革を図ろうとの活動である.中でも注目されたのはM&Sであり,十分な妥当性のあるモデルであればモデル計算の結果を受け入れて,すべての場合を想定した無駄な臨床試験は実施しなくてよいとの考え方である.当時,多い場合は10–20種類もの相互作用の可能性のある薬剤との相互作用臨床試験を実施していたことから,相互作用はM&Sの第一優先のターゲットとなった.そのような中,FDAからそのようなM&Sの方法論を具体的に記述したガイドライン案が発表され,世界中に衝撃が走った.具体的な研究の方法論が記載されたガイドラインは革新的であった.そのような規制改革の波に乗り遅れては大変だということで,日本薬物動態学会と日本臨床薬理学会からPMDAに要望書が提出され,日本でもガイドライン策定のための幹事会が2012年に開催されることになった.実は私は鈴木先生の指示を受けて,薬物動態学会からの要望書の下書きを作ったことを覚えている.そのような経緯で私は委員の一人となった.

最初はすぐに終わると考えていたガイドライン作成は,その後,2度目のFDAへの出張を経てかなりの時間と労力をつぎ込むことになった.アカデミアからは斎藤嘉朗先生(現在,国立医薬品食品衛生研究所副所長),前田先生や伊藤清美先生(武蔵野大学薬学部教授),それから当時PMDAであった永井尚美先生(現在,武蔵野大学薬学部教授),佐藤玲子先生などの貢献が大きかった.ガイドラインにはこれらの人に限らず,企業の方を含めて多くの人の努力の結集があった.ただ,いろいろな紆余曲折もあってパブリックコメントを経て最終的にガイドラインが発出されたのは,私が千葉大学に異動したあとになる2018年である.29

このガイドラインの発出は企業の薬物動態研究,そして薬事規制においても1つの転換点であったと感ずる.まずガイドラインを出す目的であった,必要なin vitroの実験を明確にし,その結果から臨床試験の合理的デザインが実現し,またその骨子が国際的に統一された点が重要である.加えて,強い阻害剤,などの定義が国際的なコンセンサスを得て,その情報を活かした添付文書での情報提供の根拠が明確になった.特に後者はわれわれが提唱していたPISCSとよく整合性がとれており,添付文書における相互作用薬の記載がそれ以前に比べて系統的になったことは,私達が研究を続けてきて少し貢献できた部分かと考える.さらにこのガイドラインをきっかけとして,母集団薬物動態,30暴露応答31など薬物動態に関連する複数のガイドラインの策定が進み,それが医薬品審査の効率化に寄与する流れになった.

一方で,ガイドラインを守れば医薬品開発が問題なく行えるとの認識が広がり,相互作用で未解決の科学的問題について,企業,更にはアカデミアが解決する意欲を失う傾向にあるのを感じる.企業が相互作用に関連した研究は外注してコストを下げる戦略をとり,それが企業が社内で専門家を育てない風潮を生んでいる.結局,過度の効率化は科学の進歩の停滞を招くということで,将来かならずなんらかの問題を生じ見直しが必要になるだろう.

8. 東京大学附属病院薬剤部での研究:消化管吸収,人種差

経口剤の血中濃度のばらつきの最大の要因は薬物吸収の個人差であり,またほかの体内動態の影響因子に比べてモデル解析が発達していないことから,吸収は薬物動態研究として重要と考えた.吸収性には製剤が決定要因として重要ではあるが,製剤の崩壊性・溶解性はex vivo(生体外レベル)で実験が可能であり,モデリングとしてより挑戦的で私達が貢献できそうなのは,製剤が溶解した後の吸収の解析研究と考えた.この問題は当時,杏林製薬から研究生として東京大学に来た安藤裕崇君に挑戦してもらい,translocation modelによる解析として論文報告した.32,33経口投与後の薬物は腸管及び肝臓で初回通過を受ける.その程度の分離の把握が吸収率,もう少し薬物動態学的に正確には生物学的利用率の正確な評価には欠かせない.これを薬物相互作用が起きている場合の半減期とAUCの変化の情報から達成しようとする研究もこの時期に行った.34これらの研究はその後,千葉大学での吸収の解析やin vitro情報を積極的に利用して薬物相互作用を網羅的に予測する方法開発の基盤となった.

私が万有製薬株式会社時代に臨床薬理開発室に所属して,日本人での最初に行われる第I相臨床試験を担当したときに最も重要と考えていたことは,その前に実施済みの海外での臨床試験と条件を揃えて,同じような結果を出すことであった.ここで差があると体内動態に人種差があるとされ,その後の開発戦略が複雑になる.しかし,経口吸収はばらつき易いので,差が生ずるリスクは常にあり,また多くの報告をみると日米で本質的に体内動態が異なる例は非常に少ないので,お金と時間をかけて差を出さないために試験をすることの非合理性を強く感じていた.これが企業の開発部門で私のモチベーションが上がらない原因でもあったのだ.そこで東京大学に移って,指導を担当した修士大学院生の丸谷梨佳子(旧姓 松波)さんに600以上もの臨床試験の結果を調べてもらった結果,日本人と外国人の人種差は遺伝子変異の明確な代謝酵素を除くと基本的には少ないことを確認できた.この研究では最初は単純に平均値を比較していたが,マルコフ連鎖モンテカルロ(Markov chain Monte Carlo: MCMC)法に取り組み,差が生じる場合にその要因の解析を進めた.この研究は千葉大学に引き継がれた.MCMC法は,その後に私のほかの研究でもとても役に立った.この研究については後でまた述べる.

9. 東京大学附属薬剤部での研究:アルツハイマー病の長期疾患進行の解析

アルツハイマー病はアミロイドβと呼ばれる異常ペプチドが脳内に蓄積することから始まり,数十年をかけて脳の萎縮に至り認知機能が低下する.アミロイドβの蓄積を止めるために,最近はその抗体が治療薬になったが,当時,その合成を抑制しようと,βセクレターゼ阻害剤の開発も注目された.武田薬品工業株式会社はTAK-070という有望な化合物を見い出したが,結局,臨床試験を成功させるためには不確定要素が多すぎると考えたのか,これを東京大学に導出した.東京大学ではアミロイドβの研究で大変御高名な岩坪 威教授がこのプロジェクトを率いた.またプロジェクトの推進では森豊隆志教授にも大変お世話になった.東京大学として第I相臨床試験を実施することになり,私はそのデザイン,解析等についてお手伝いすることとなった.この研究は通常の薬物動態試験として順調に推移したが,残念ながらプロジェクトは最終的には中断することになった.

アルツハイマー病の研究に係わる中で,私は数十年に及ぶ疾患進行を関数で表現して予測して解析できないかとの問題にとりつかれた.薬物血中濃度の解析でデータに適合する曲線をコンピュータで見つける解析はよく行われるが,その場合に普通はデータのX座標は動かさない.しかし,患者の疾患の進行度は不明であるので,観察期間を超える疾患進行を解析しようと,データの短期間の微妙な変化を頼りにして長期間の変化をデータのX座標を動かしながら紡いでいく解析を思いつき,そのような方法論を母集団薬物動態解析の技術をも利用して構築し,それをStatistic Restoration of Fragmented Time-course(SReFT)と名付けた.

アルツハイマー病のバイオマーカー情報は,米国で公開データベース活動として名高いAlzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)より入手し,幾分かの費用をかけて外注業者を使ってクリーンアップした.チームには情報科学を専門にする徳田慶太先生(現在,順天堂大学健康データサイエンス学部)と大学院生石田崇朗君が加わって解析を精力的に進めた.プログラムはNappを使って実現した.最終的には特徴のある解析につながったと考えるが,論文投稿ではeditorがアクセス不能になるとの不測の事態を生じ交代したうえに,更に理不尽な理由でリジェクトされるなどで時間を浪費し,受理されたのは私が千葉大学に異動してしばらくたった2019年のことである.35

アルツハイマー病のSReFT解析の素晴らしさは,短期間の観察情報からアミロイドβ,タウタンパク質,脳の血流量の変化,海馬の萎縮,認知スコアの低下と言ったイベントが数十年をかけて逐次的に起こることを再現したことに加え,そのような変化の速度がAPOEの遺伝子変異や性によって異なることを検出したことにある(Fig. 2).最近,アミロイドβを減少させる抗体薬の効果が実証され実際に臨床での使用が可能になった.SReFT解析によって明らかになった情報は,類薬の医薬品開発や関連の個別化医療にとって大きな価値を持つのではないかと期待している.SReFTの研究は千葉大学でも大いに発展することになった.

Fig. 2. Estimation of Long-term Disease Progression of Alzheimer’s Disease Using ADNI by Statistic Restoration of Fragmented Time-course (SReFT) (Ishida T., et al., Clin. Pharmacol. Ther., 105, 436–447 (2019).35))

Panel A and B show the results for males and females, respectively. Changes in amyloid β (Aβ) occurred early in the disease progression while changes in the dementia score (CDR-SB) occurred late. The rate of disease progression varies depending on the ApoE mutation, with the wild type (e3/e3) in females showing slower progression.

SReFTやTAK-070とは直接の関係はないが,アルツハイマー病について臨床情報を広く収集するために岩坪教授が進めていた日本版のADNIであるJ-ADNIの活動について,不適切な情報改ざんがあったとの報道が2014年の初頭に朝日新聞から突然なされ,研究チームはこの報道のためにもみくちゃにされた.東京大学のアルツハイマー病研究グループのダメージは甚大で一時は完全に社会的信用を失い,ほぼ2年間研究がストップした.この問題の経緯はWikipediaに詳しいので説明を省くが,研究について不正はなく,一方的な無理筋の報道であった.なおSReFTの解析は,本来は日本人の患者の情報をも対象に実施する計画であった.それが進まなかったのは,朝日新聞の報道による事件の影響がある.

10. 千葉大学大学院薬学研究院教授への着任

私は2014年4月より,千葉大学大学院薬学研究院高齢者薬剤学研究室の上野光一先生の後任教授として着任した.高齢者薬剤学は上野先生が2001年に創設された研究室で,重要な社会的課題でもある高齢者にフォーカスした特徴のある研究室名ではあったが,私が後任として個別化医療などを推進する場合には高齢者以外の要因も多くなると考え,2015年に「臨床薬理学研究室」とのより一般的な名称に変更した.私が着任して1年間は山浦克典准教授が在任されており,ヒスタミン4受容体と痒みとの関係などの研究を行っていたが,2015年度より慶應義塾大学薬学部教授として栄転された.また佐藤洋美助教がギャップジャンクションを始めとする細胞間コミュニケーションの研究を進めており,佐藤先生はその後,講師,准教授と昇進を重ね,10年間,私と研究室をともに切り盛りする関係となった.山浦先生の転出のため,北海道大学薬学部の原島秀吉先生の研究室の御出身で,がん治療で世界的に有名な米国MDアンダーソンがんセンターに留学していた畠山浩人先生に,助教としてスタッフに加わって頂いた.畠山先生はそもそもはリポソーム製剤を研究領域にしていたが,画期的な薬効で社会的な注目度が高い免疫チェックポイント阻害剤などの研究を,千葉大学で精力的に開始した.

このような経緯で臨床薬理学研究室は3人の教員の専門領域がかなり異なり,それぞれの分野の研究を進める研究室となった.私は研究は本人のモチベーションが一番重要と考え,これを無理に統合しなかった.そのような方針が真に強い多様な人材を育てると信じている.ただし,本総説ではあまりに散漫になるので,私の研究テーマに話題を絞る.なお臨床薬理学研究室は前任の上野先生が開始した経緯で,千葉大学における薬剤師卒後研修の活動を10年間にわたり研究室として担った.これは佐藤先生が主として担った活動であったが,定期的に現場の薬剤師のニーズに耳を傾けるのはよい機会であった.畠山先生はその後昇進を重ね,2022年からは千葉大学大学院薬学研究院薬物学研究室の教授に着任した.

企業の最近の関心はニューモダリティの画期的新薬に集まりがちである.特に,高血圧症,脂質異常症,あるいは糖尿病などの代表的な慢性疾患は優れた薬剤が既に多数開発され,更にその多くが後発品となって薬価が下がり,もはや創薬のターゲットとして製薬会社としては魅力的ではなくなっている.しかし,医療としては圧倒的に大量に処方される頻度の高い慢性疾患の薬物治療の進歩を図ることが,もっと真剣に考慮されるべきではなかろうか.多くの慢性疾患の治療薬は対症療法であり,病気を全快させることはない.したがって,疾患の帰結を見据えて本当に医療として必要なのか,患者に適した薬剤なのか,過剰投与やポリファーマシーを招いていないか,そして必要な薬剤であればきちんと服薬されているかなどの問題に向き合って治療を最適化することが重要である.東京大学でも薬物動態を中心においてこの医療最適化の問題に挑んだが,千葉大学では,研究室活動の半分は薬物動態ではなく,薬の効果や副作用自身の新しいモデル解析を試みたい,それが研究室を主宰する機会を与えられた私のチャレンジすべき使命ではないかと考えた.従来のPharmacokinetics-Pharmacodynamics(PKPD)解析は観察の説明に留まるきらいがあったと私は感じていたが,新しい考え方に基づく十分なデータに裏付けられた機構に基づく解析によって,医療の進歩につなげる研究をアカデミアとして企業とは違う視点で進められるのではと考えた.

11. 治療個別化のための臨床情報解析

薬効のモデル解析の初期のものとしては,東京大学修士課程の大学院生だが私の異動に伴い千葉大学で研究した高岡亮太君の心不全の循環生理学的モデルによるmodel-based meta-analysis(MBMA)の研究がある.もともとは私は心不全の治療薬のPKPDモデルの研究テーマを提案したのだが,彼はそれまで動物実験等で用いられていた心臓生理学モデルについて独自に勉強し,それを臨床データを適用して非常にユニークな解析研究を行って私に説明した.最終的にその結果は,心不全の治療は心臓の負荷を低減させる薬物,すなわちβ遮断薬とACE阻害薬が全く薬理機構の異なるタイプの薬剤であるにもかかわらず,同様に薬効を顕すことを示すとの論文となった.36この研究の成功はその後の研究室の慢性心不全の運動療法の研究,更には疾患進行モデルの構築研究に発展することになり,その意味では彼の創意工夫に大いに感謝しなければならない.また,研究室の活動を特に大きく広げてくれた学生としては,後に博士課程に進んだ吉岡英樹君がおり,彼は機械学習をやはり独学で学んで,それを研究室に定着させてくれた.彼の学位論文となった血液抗凝固薬のリスク評価のMBMA研究では,母集団解析などの情報を積み重ねて特にリバーロキサバンの安全域について問題提起した研究であった.37高岡君や吉岡君のバイタリティが,現在に至る臨床薬理学研究室の研究活力の1つの源となった.現在,二人はともにPMDAで活躍している.

慢性心不全の患者には世界中で運動療法が薬物療法に加えてかならず推奨されるが,これは2003年から2008年に実施された運動療法をランダムに割り付けた唯一の大規模臨床試験であるHF-ACTION試験の結果,運動が死亡と入院の合計(all-cause death and hospitalization: ADH)の頻度を下げたことが主要な根拠となっている.38しかし,この試験でも死亡の頻度の低下は認められておらず,運動の効果は決して大きなものではない.心不全の治療薬は心臓を休めることで薬効を発揮しているのに,すべての患者で運動が効果があるとされている現状にわれわれは疑問を感じた.そこで社会人博士課程大学院生であった副島裕佳子さんにHF-ACTION試験の匿名化した2000人以上の全被験者情報を米国国立心臓・肺・血液研究所が運営するデータリポジトリBIOLINCCより入手してもらい,Cox比例ハザードモデルを用いて運動が全死亡(all cause death: AD)に影響を与える因子を網羅的に探索したところ,β遮断薬の使用,最高血圧と最低血圧の差,ヘモグロビン値などが運動療法の効果に影響する可能性があり,解析を基に計算したスコアが高い45%程度の患者さんでは運動による生存率の改善が期待できる一方で,スコアの低い15%程度の患者さんでは,生存率がかえって低下してしまうとの可能性が示された(Fig. 3).体が弱っている場合は無理に運動しない方がよいということだと思う.

Fig. 3. Relationship between the Proposed Score Calculated from the Pulse Pressure, Hemoglobin, β-blocker Use, BMI, etc. and the Benefit of Exercise Therapy in Patients with Chronic Heart Failure (Soejima Y., et al., Front. Cardiovasc. Med., 11, 1330235 (2024).39))

The usefulness was demonstrated not only for all-cause mortality in panel A but also for all-cause mortality plus all hospitalizations in panel B. Exercise was beneficial in 45% of patients with a score of 8 or higher, whereas patients with a score of 5 or lower may have a better prognosis without exercise. HR; Hazard ratio to the overall mean. AD; all-cause death; ADH, all-cause death and hospitalization.

この結果は合理的なものとわれわれは考えるが,世界の診療ガイドラインとは大きく異なるので注意して扱う必要がある.特に,有効と信じて運動療法に励んでいる世界中の多くの患者のモチベーションに影響するリスクが考えられる.そのため危険視されたのではと思われるのだが,この研究の論文は多くの医学誌に提出しても,論文のレビューにさえ進まず編集者によるリジェクトが続き,その間はリジェクトの理由さえ示されなかった.そのため,われわれは吉岡英樹君の協力で機械学習でパラメータ選択に使われる最新の技術Borta法を適用するなどの地道な努力を続け,最終的には2年を要して論文を受理させた.39この研究は現在確立された治療法の中にも,医療個別化の必要性が隠されている現実を顕在化したものである.ただし,そのような考え方が社会的に受容されるまでには,更なる検証と十分な時間を要するのだと考える.

12. Coronavirus disease 2019(COVID-19)の感染拡大のモデル解析

千葉大学では新型コロナ感染症COVID-19の感染拡大に影響する要因の解析も行ったが,これには2つの研究が含まれ,1つは2020年春の感染拡大極初期に世界の感染状況の比較とPCR検査の陽性率の影響について解析し,時節柄,マスコミからも注目され大きく報道されたものである.40また,もう1つは2021年末のオミクロン株出現前までの世界156ヵ国の感染状況を,混合効果モデルを使って詳細かつ網羅的に解析した最近のものがある.41 2020年の初頭に日本で初めてCOVID-19の感染者が発生し,クルーズ船事件を経て初のロックダウンなどがあり,5月12日までに1万5千人以上の感染者,668人の死者を出すに至った.今から考えるとこれはかなり少数なのだが,周知のように社会は尋常ではない不安に襲われた.3月頃に日本の感染者が100人を超えたあたりで,私はまずは個人的に,この先一体どうなってしまうのだろうとの不安から,新聞やインターネットの情報を集めだしたのが研究の始まりである.そして感染者数を片対数プロットして,欧州の急速な感染拡大が確実であるのを実感して愕然とした.当時,日本は眼の前の事件の報道が多かったのだが,世界の情報を客観的に集めることが重要と考えた.最終的にアジアと欧米との間で極端な感染速度の違いがあることに加え(日本と欧米との間ではない),PCR検査の陽性率がその後の感染拡大,特に死者の増加と,感染速度が類似した国の間ではよく関係することを機械学習を使った解析で見い出し,したがってPCR検査の陽性率の過度の上昇は危険なサインであることを示した.

論文を執筆してまずはプレプリントで発表したが,問題は論文の正規のレビューを待っていると1月程度の遅れを生じて,当時の感染拡大速度と社会不安を考えると情報が使われるべきタイミングを逸する可能性があることだった.当時,PCR検査の是非については報道等でも議論百出で感情的な論調が多く,客観的な情報が社会的にぜひ必要と感じた.そこでこの件は,当時の徳久剛史千葉大学学長を含む執行部の先生方と半日をかけて議論し,極めて異例ではあるが,論文のアクセプト前に大学としてプレスリリースとして発表することとした.おりしも発表日はinduced pluripotent stem cells(iPS)細胞で御高名な山中伸弥教授のPCR検査に関する発言の報道日と重なり,われわれの発表は新聞,テレビニュース,ワイドショーなどで一時かなり大きく報じられた.ワシントンポストにもとりあげて頂き,国際的にも報道された.また大阪ではいくつかの指標を基に感染状況を判断する大阪モデルが作られ,その状況により通天閣の夜間照明の色を変えたが,その指標の1つとしてわれわれのPCR検査の陽性率の7%という基準が当初使われた.この研究は初期の感染状況を,因果関係はともかくとして素早く客観的に説明する,という点では一定の役割を果たし,研究の持つ社会的関係とタイミングの重要さ,更にはマスコミを含めた多くの人の係わりといった面で,大変勉強になった.

一方で,新型コロナ感染症については,しっかりと時間をかけた解析で感染速度に影響する多様な要因との因果関係をきちんと説明する必要性も痛感していた.その点について,東京大学の学生の時代から一緒に小児の薬物動態などで研究を進め,更に企業に入社して母集団薬物速度論解析の専門家となった越道大樹君と意気投合し,研究を進めた.世界156ヵ国の感染者,死亡者,様々な地政学情報などありとあらゆる情報を収集し,1つの国を個人にみたてた大規模や母集団解析を実施した.この研究を通じて学んだのは,実に逆説的なのだが,膨大な情報はかならずしも因果関係の説明を容易にしない,との事実であった.実際,多様な情報を駆使しても半年の間でさえ感染進行を予測することは全く困難で,ひと月毎に感染状況の変化を既成事実として認めないと解析が成立しなかった.しかし,そのひと月の間の変化の解析に限定しそれを集積するなら,感染速度への影響因子の大きさの合理的評価は可能であった.例えばロックダウンの効果はどの国でも1年間で半分以下に減少したこと.α株に比べてその後のβ, γ, δ株では感染速度が倍程度に増加したこと,致死性はγ株が高いが,δ株では減弱し,一方でワクチンの効果もδ株では乏しくなったこと,総合的に初期の感染による死亡者抑制に,ワクチンは極めて効果的であったことなどが示された(Fig. 4).リアルワールドデータの解析の難しさ,可能性をともに感じさせる研究となった.

Fig. 4. Mixed-effect Model Analysis of the Spread of COVID-19 Infection in 156 Countries (Koshimichi H., Hisaka A., PLoS One, 19, e0306891 (2024).41))

Panel A shows the structure of the analytical model. Panel B shows mortality trends by continent and model estimates. Panel C shows changes in the rate of spread and mortality by mutant strain. Panel D shows estimates of vaccine-induced mortality changes.

13. 慢性疾患の進行モデルの解析

慢性疾患進行の解析研究としては,東京大学で開発したSReFTを使ったchronic obstructive pulmonary disease(COPD)とパーキンソン病の解析,更に機械学習によるSReFT machine-learning(SReFT-ML)を使った慢性心不全,COPD及び糖尿病の解析がある.SReFTのように,慢性疾患について比較的限られた期間の観測データから発症からの経過時間を推定し,その経過時間に沿った生涯にわたる疾患進行の解析は,現在,日本ではわれわれしか手掛けていないが,世界的にみると特に情報科学の分野の研究者から新しい方法が盛んに提案されており,神経疾患を中心に複数の疾患への適用例が既に報告されている.特にOxtobyらのグループは,そのようなモデルをData-Driven Disease Progression Modelと呼んで複数の総説を発表している.42,43この分野の研究が活発化する1つの契機になればと考え,われわれもこの分野の新たな総説を最近発表した.44われわれの総説では,そのようなモデルを「時間再配置を伴う疾患進行モデル:Disease Progression Model with Temporal Realignment(DPM-TR)」と呼ぶことにした.これまで,このような解析は情報科学の分野からの新しい提案が多く,一方で現在のところ臨床医学や薬理学の研究者の理解が乏しい.しかし,このような技術は従来の労力のかかる疫学研究の一部を代替えできるもので,また将来的には臨床試験の被験者選定や個別化医療にも広範な応用の可能性を有すると考えている.

SReFTは独自性の高い複雑な解析法であり,長期の疾患進行モデル解析法として汎用性を認めてもらうには,ソフトウェアについては独自に開発したNappではないごく一般的なソフトウェア環境,この場合は非線形混合効果モデル解析のゴールデンスタンダードであるNON-linear mixed effects modeling(NONMEM™)で動作することが必要と考えた.しかし,これは研究を担当する学生に高度なコンピュータの解析能力を要求する.その条件に合致する学生として神亮太君に白羽の矢を立てたが,それでも準備作業が必要と考え,まずはNONMEM™に慣れてもらうために,修士課程のテーマとして逆ラプラス変換(fast inversion of Laplace transform: FILT)による解析をNONMEM™に組み込む研究を行い,これを論文にまで仕上げてもらった.45 FILTは京都大学の山岡 清先生が積極的に解析を進めた方法で,循環モデルや拡散モデルを容易に扱うことができるが,一方で非線形解析に対応できないので,素直に言うと,現在汎用的に用いられているとは言い難い.研究の目的はむしろNONMEM™の内部構造をよく理解してもらうことであった.これは吉岡君にも協力してもらい,実際に数年を要した作業である.その結果,神君はNONMEM™上でのSReFTの動作を可能にし,自分がテーマとしたパーキンソン病の解析を達成したのみならず,NONMEM™上のSReFTを使って,ほかの学生によるCOPDの解析研究も可能になった.さらに,吉岡君,神君はタッグを組んでSReFTを機械学習で実現するとの課題に取り組み,SReFT-MLを開発し,疾患進行モデルの研究を大きく前進させてくれた.私自身はコードレベルでは機械学習を勉強してはいないので,これは完全に2人の独創的な研究である.

神君はパーキンソン病の進行が性及びleucine rich repeat kinase 2(LRRK2)の遺伝子変異により影響される可能性をSReFTによる解析で示した.46 LRRK2遺伝子はパーキンソン病の進行と関係するとの論文報告がこれまでにもあり,そのような確度の高い変化をSReFTがきちんと検出したことは大変心強い.また,社会人大学院生の川松真也君は慢性肺疾患であるCOPDをSReFTを使って解析し,その進行には禁煙の有無や発作の有無が影響することを示した.47 COPDの解析は臨床試験情報提供のコンソーシアムから臨床試験のデータ提供を受けて行ったのだが,この場合には個人情報保護の観点から解析に汎用的なプログラムしか使用することができず,SReFTがNONMEM™で動作したことは大変重要な意味を持った.これでアルツハイマー病に併せて全く異なる3つの疾患で,病態進行に影響するとほかの多くの研究でも評価されている要因が,いずれもきちんとSReFTで統計的有意差を持って検出できたことになり,その点でこの方法は臨床的に信頼できる有用な方法であると自分たちでも納得することができた.

一方でSReFTは計算負荷が高く,被験者数が数千人,バイオマーカーが10個を超えると解析が困難であった.その点,SReFT-MLはそれぞれ一桁多い被験者,バイオマーカーに余裕を持って対応でき,加えてSReFTと異なりパラメータの初期値が不要であるのも大きなメリットである.神君はパーキンソン病についてSReFT-MLによる解析も実施し,SReFTとの間に解析の良好な一致を確認している.SReFT-MLについてはまだ論文発表に至っていないが,研究室では慢性心不全,及び糖尿病について数万人オーダーの被験者の情報を収集し,SReFT-MLによる積極的な解析を現在進めている.

現在,疾患の機構を理解する方法として定量システム薬理学(quantitative systems pharmacology: QSP)が注目を集めているが,QSPはある瞬間の変化を捉えるに止まるので,慢性疾患ではどうしても対症療法しか提案できない.慢性疾患はむしろDPM-TRにより長期の推移を把握することが創薬にとっても重要ではないだろうか.将来的には,私はトップダウンのDPM-TR,ボトムアップのQSPの融合により,疾患全体の正しい理解が進むのではないかと期待している.

14. 薬物相互作用,薬物代謝の研究,MCMC法の導入

私は千葉大学でも薬物相互作用ガイドラインの仕事を継続したが,一方でin vivoの臨床試験の情報は限られており,これまでのCR–IR法は情報のある薬剤はよいが不足するものも多い点に限界を感じていた.相互作用による血中濃度AUC上昇の程度はin vivoの情報を尊重すべきだが,相互作用を生じさせる薬物代謝酵素やトランスポーターの識別はin vitroの方がはるかに情報量が多い.そこで豊富にあるin vitroの情報を利用することを考えた.いわゆるトップダウンとボトムアップの情報を併て精度を向上させる戦略である.しかし,これを多数の薬物で汎用的に行う場合に,それぞれの情報の重み付けをどのように調整するかが難しい.in vitroin vivoの因果関係と情報の精度の違いを自動的に管理する方法が必要である.そこで人種差の解析に用いたMCMC法を利用することとした.この研究は博士課程に進学した保月静香さんに進めてもらった.彼女は2000種類以上の相互作用を網羅的に予測するシステムを作り上げた(Fig. 5).48この方法は複数の分子種を阻害する阻害剤,複数の阻害剤の組合せ,更に静脈内投与時の相互作用などにも対応し,AUCだけでなく半減期の変化も予測できるなど,これまでのCR–IR法を大幅に拡張したものである.

Fig. 5. Proposed Method for Predicting Drug Interactions Comprehensively by Integrating In vivo AUC Increase and Half-Life Changes with In vitro Metabolic Inhibition Using a Markov Chain Monte Carlo Method (Hozuki S., et al., Clin. Pharmacokinet., 62, 849–860 (2023).48))

Panel A shows a conceptual diagram of the method. Although there are many missing values in the in vivo and in vitro information, the accuracy is ensured by combining the information. Panel B shows the estimated inhibition rates (IR) of CYP inhibitors, with the hepatic and gut contributions (IRh and IRg, respectively) separated for CYP3A. Details in Panel B are (A) the prior distribution, (B) grapefruit jounce (GFJ, R, regular-strength; D, double-strength; M, multiple dose), drug groups with the largest estimated median IR for (C) CYP3A, (D) CYP1A2, (E) CYP2C9, (F) CYP2C19, and (G) CYP2D6, respectively, and shown in the order of its value.

相互作用の評価にin vitroの情報が重要であるのは,後に名古屋市立大学の助教に着任した柴田侑裕君の博士研究でも明らかになった.ボリコナゾールはCYP3Aの阻害剤として有名で臨床的な対応もなされているが,in vitroで評価するとCYP2B6の阻害の方が更に強力であった.したがってin vivoでもCYP2B6を介する相互作用が起きていると考え,CYP2B6で活性化されることで薬効を発現するシクロフォスファミドについて,日米の有害事象自発報告データベースを調べてみると,ボリコナゾールを併用した場合に顕著に副作用の報告が減少していた.特に脱毛の副作用が顕著であったことから,マウスで実際に併用で脱毛が抑制されるかを併用して調べてみたところ,非常に顕著な差が生じ,ボリコナゾールを併用するとふさふさと毛が生えてきた.CYP分子種の違いがあるので動物実験の解釈は難しい点もあるが,有害事象データベースの調査結果もふまえると,ボリコナゾールはシクロフォスファミドの活性化を抑制して薬効を発揮させなくしている可能性がかなり高いと考えられた(Fig. 6).このことを報告した柴田君の論文49は薬物動態学会からDMPK賞(年間最優秀賞)を受けた.

Fig. 6. Detection of Drug Interaction between Voriconazole (VCZ) and Cyclophosphamide (CPM) (Shibata Y., et al., Drug Metab. Pharmacokinet., 39, 100396 (2021).49))

Panel A shows that the suppression of hair growth by CPM after epilation in mice was cancelled by the concomitant use of VCZ. Panel B shows the increase in blood concentrations of CPM in mice with concomitant use of VCZ. Panel C shows a decrease in the reported ratio (PRR) of adverse events of CPM to alopecia in the U.S. spontaneous adverse event reporting database (FAERS) with the concomitant use of azoles such as VCZ. FCZ, Fluconazole; ICZ, itoraconazole.

このように相互作用の検出技術が向上すると,これらの情報をどのように臨床の現場にフィードバックするかとの問題も考えなければならない.重要な仕事としてはガイドラインを作成したメンバーが中心になり,ガイドラインに対応する相互作用薬のリストを膨大な論文やデータベースを基盤として作成し発表することができた.50この論文は相互作用に関心を持つ人は,現在かならず参照すべき情報と考えている.さらに今後はその情報をアップデートしていく必要がある.この点は引き続き永井尚美先生や伊藤清美先生との協力を続けている.また大野能之先生や,そして最近は慶應義塾大学の米澤淳先生などとも協力し,医療薬学会として小委員会の活動を通じて情報を現場の薬剤師にフィードバックする活動を続けている.51近年,コロナ感染症の治療薬として使われているパキロビッドは構成成分にCYP3Aの阻害活性が強力なリトナビルを含んでおり,相互作用の管理が極めて重要である.また同じくゾコーバも相互作用に注意が必要である.医療薬学会として,このような場合に特別に使い方の手引を発表し,現場から好評を博している.

薬物相互作用の研究をしていると,このように複雑な解析は進歩の著しい機械学習が適していて,精密なモデルを人間が考えるような研究は時代遅れになるのでは,という意見を耳にすることがある.実際にそのような視点からの研究報告もある.しかし,機械学習がある程度の機構を含めて推定してくれるのは数十万件からそれ以上のデータがある場合で,一方でこれまでの臨床の薬物動態の情報を含む相互作用の情報は合計しても数百から数千試験数程度しかないのである.この程度のデータ数の場合は,機構がわかっている現象は機構に基づくモデリングの方がはるかに効率が高い.もちろん副作用報告や実際の臨床カルテの情報は薬物動態に比べてはるかに件数が多いが,そちらは相互作用以外の変動要因が多くて,相互作用に限定して因果関係を判断することは極めて難しいのである.

われわれが機械学習を積極的に使ったものの一つに,機構が多様で判然としない食事摂取が薬物の吸収性に与える影響をin silico情報から予測した研究がある.52これは社会人大学院生の星野悠介君が進めてくれたが,われわれとしては最大限の努力をして473薬剤について371個のin silicoパラメーターから食事摂取の影響を解析した結果,人工消化液中の溶解度など論理的に妥当なパラメータが選択され,これまでの方法よりも優れた予測法が実現した.しかしその一方で,その改善の程度はこれまでの経験的に提案されていた方法に比べて,違いはあまり大きくなかった.この研究の経験から,機械学習は機構のわからないものについて,まずは迅速に最善に近い予測を行うには優れた方法であるが,目的とデータの質によって使い分ける必要があると私は考えている.

15. 新しい薬物吸収モデルによる解析,細胞基底膜の輸送

薬物動態解析用のモデルとしては,市販ソフトとして有名なSimCYP™やGustroPlus™(SimulationPlus™)があり,世界の多くの製薬企業で特に新薬申請のための解析に広く用いられている.これらは2000年前後から実用化され,薬物吸収についてはいずれも小腸を7つ程度のコンパートメントに分離し,吸収部位の環境の変化を説明するようにデザインされており,当時はその先進性に眼を見張った.しかし現在からみると,これらのソフトは消化管の中での薬物の実際の動きを再現できていない点に大きな問題がある.消化管の中で薬物は実際には上流では散らばり,下流では水分がなくなり分布としては濃縮されるが,これらのソフトではモデルの数学的性質として分布の分散が急速に増大し,そのような動きを原理的に再現できない.この問題は残念ながら着目する人が少なく,専門家にでさえ十分に認識されていない.それでもほかに条件を調整するパラメータが多いので,その薬物用にパラメータを調整すれば吸収の部位変化やトランスポーターの活性の影響を解析できるが,生理学的薬物速度論解析は体内の薬物濃度を再現して解析するところに意義があるので,ここまで食い違いが大きいと,厳しい言い方をするなら解析の合理性は乏しい.これらのソフトを比較して吸収が説明できる薬とそうでないものを識別するような研究が複数あるが,これらのソフトでは調整パラメータの詳細が明らかでなく,そのような研究が何を識別しているのか全く不明である.またこのような仕組みだと,食事の影響など消化管内の動きが大きく変化する場合の吸収の変化は,原理的に正確な解析が不可能である.

もう一つこれらのモデルの大きな問題として,吸収性を制限するP糖タンパク質(P-glycoprotein: P-gp)やCYP3Aが小腸で実際に活動している局所,すなわち消化管上皮の細胞中の薬物濃度変化がきちんとモデルに組み込まれていない点がある.これは30年前には,上皮細胞中濃度の情報が皆無であったのでやむを得なかった.その後に私が係わった薬物相互作用のガイドラインでさえも,情報がないために消化管での相互作用は論理的に問題があっても消化管内腔の薬物濃度を基盤にせざるを得なかった.しかし現在は状況は変化しつつあり,むしろこのようなソフトが上皮細胞中濃度の情報を必要としないために,そのような研究の進歩を沈滞させている現実さえ生じている.局所の薬物濃度を精密に再現することは薬物動態解析の基本であり,そこをおろそかにすると正確な予測は原理的に不可能である.

われわれは東京大学病院で開発したTranslocation Model(TLM)に続いて,千葉大学では新しい薬物吸収モデルAdvanced Translocation Model(ATOM)を開発し,上記の問題のすべてを原理的に解決した(Fig. 7).53これは社会人博士の浅野聡志君の研究テーマであった.技術的には,特にATOMはモデルに非線形偏微分方程式を使うことで,消化管内の物質の移流と混合を自由に制御可能にした点に特徴があり,これは実は私の学位研究であった肝臓での拡散モデルの解析技術の拡張である.ATOMはNappで実現されたが,モデルのソースコードは公開されている.

Fig. 7. Proposal of Advanced Translocation Model (ATOM) Which Explains Intestinal Absorption with Continuous and Flexible Contents Transit and Mixing (Asano S., et al., Drug Metab. Dispos., 49, 581–591 (2021).53))

Panel A represents a conceptual diagram of the model. The mass transit in the small intestine is described by nonlinear partial differential equations. Panel B represents fitting results of the models to observed contents transit in human. ATOM explained the observations successfully both for the fasting or feeding states whereas a conventional model such as CAT (compartment absorption and transit model) cannot explain the observations because dispersion of the distribution always increases downstream in this model.

しかし,多くの薬剤でATOMによる解析を妨げる大きな要因として,前述したように上皮細胞内の薬物濃度の情報がまだ少ない点がある.この点に関連しては,細胞内濃度に着目し表側と裏側の膜透過性は等しいと仮定して解析した研究は存在し,P-gpの吸収阻害をかなり合理的に説明していた.54この研究以前のP-gpの速度論的解析は,基本的にインキュベーションミディアム中の薬物濃度に基づいていたのである.しかし,正確に細胞中濃度を推定する場合には,上皮細胞の表側と裏側,すなわち消化管内腔に面した頂端膜と血管側の基底膜の透過活性を区別して測定する必要がある.上皮細胞の頂端膜にはムコ多糖や微絨毛が存在するなど,物理的な構造からして基底膜とは全く異なり,細胞内濃度を推定するときに,これらの膜の膜透過性が等しいと仮定するのは合理性に乏しい.しかし,そもそもそのための分析方法がないとの問題があった.

そこでわれわれは,あらかじめ細胞内に薬物をチャージし,膜の両側をブランク緩衝液に置換して薬物の溶出速度を表側と裏側で比較するefflux法の実験及び解析法を新たに開発した.この実験では,代謝と輸送の両方を評価するために染色体工学を駆使してCYP3A4の活性を導入したCaco-2細胞を,鳥取大学の香月康宏教授から御提供頂いて使用した.この場合には,もちろんCYP3Aの活性評価も同時に可能である.実際に12薬剤についてこの方法で評価したところ,頂端膜と基底膜の透過性の比は薬物によって大きく異なり,評価した化合物の間に8倍もの違いがあった(Fig. 8).また,この方法は上皮細胞内のタンパク結合も評価も可能であり,その実測値は薬物により大きく異なり1000倍を超える違いを認めた.55これらの要因の薬物間の違いは,世界で初めて実測されたものである.この研究は千葉大学で博士課程を修めた吉友 葵さんが精力的に取り組んでくれた.

Fig. 8. Evaluation of the Efflux Kinetics of 12 Drugs from the Apical (A-side) and Basolateral (B-side) Membranes of CYP3A-expressing Caco-2 Cells (Yoshitomo A., et al., Drug Metab. Dispos., 51, 318–328 (2023).55))

Panel A represents a schematic description of the experimental method. Panel B shows the elution curves. Increasing curves and marks are model estimates and observed values, respectively. Decreasing curves are estimates of intracellular drug amount. Please note clear differences among drugs that are more likely to be eluted from A side or B side.

この研究の結果で非常に意外だったのは,頂端膜に比べて基底膜の透過性の高い薬物がむしろ多かったことである.頂端膜には微絨毛があり,空腸では基底膜に比べて20倍の表面積があるとの報告がある.そもそも微絨毛は,細胞の表面積を拡大することで物質の透過性を向上させるために存在するというのが一般的な理解である.われわれもATOMの最初の論文では,微絨毛による表面積の拡大を考慮して,一般的に頂端膜の透過性が基底膜よりも高いと仮定していた.しかし,この予想は全く裏切られた.微絨毛による表面積の拡大まで考慮すると,頂端膜の透過性は基底膜よりも明らかに低い.しかし考えてみると,異物の吸収に対する防御システムであるP-gpもCYP3Aも頂端膜の微絨毛に局在している.もし基底膜の方が透過性が低いなら,基底膜が物質透過の律速になるので,律速段階の周辺に防御システムを配置した方が合理的である.また基底膜が律速だと,上皮細胞自身は毒性の可能性のある高濃度の異物に晒されることになる.実験事実とこれらの論理を組み合わせると,微絨毛は透過性を高めるための構造ではなく,むしろ物質透過を制御する機能を集中させることで,有毒成分の透過を防ぐための構造ではないかと考えられる.微絨毛を持つ頂端膜は体内の様々な臓器に存在するので,この問題は小腸の吸収だけでなく,一般論として生理学的に大変興味深い.

基底膜の透過性が高く,その程度が薬物により大きく異なるとの結果は,基底膜でのトランスポーターの活発な働きを疑わせるものである.これまでorganic solute transporter(OST)などいくつかの基底膜に局在するトランスポーターの存在が報告されているが,その薬物動態上の役割は明らかでなかった.基底膜は物質透過の律速になっていないとのわれわれの仮説は,今後の基底膜上のトランスポーターの機能解明の研究で有用かもしれない.基底膜の透過性は薬物の細胞内濃度に影響し,結果としてP-gpやCYP3Aの活性に影響すると理論的に考えられる.したがって薬物の透過性をin vitro実験で評価するときに,P-gpやCYP3Aの活性とともに頂端膜と基底膜の透過性は別個に評価されるべきであるとわれわれは考えている.

薬物体内動態に最も影響するトランスポーターは,小腸におけるP-gpであると一般に考えられている.そのため多くの製薬会社は,薬物動態スクリーニングのプロセスにP-gpによる輸送活性を含めている.しかし,実際のところin vitroのP-gp輸送活性から,in vivoの薬物動態に与える影響を理論的に予測することは困難であり,P-gpの阻害による相互作用のリスク管理についても,ガイドラインでは輸送活性が見い出された臨床試験で確認しなさい,程度の曖昧な規定になっている.小腸におけるP-gpの寄与の予測が悪い原因は,以上で述べてきたような吸収に関するモデル解析の未整備にあると考えられ,われわれの研究はそこに一石を投じるものであると考えているが,実際のところまだ不足する情報が多い.今後更に多くの薬物で正確なパラメータを実測する必要があり,そうすることで予測性の悪さも克服できると期待している.吸収の予測性の向上を目指しては,microphysiological system(MPS)などの高機能細胞実験系を用いる試みが盛んであるが,最も重要な要因であるP-gpによる単独の影響でさえモデル解析がうまく機能していない現状をみると,研究の順番の判断が違っているのではと思わざるをえない.

CYPによる薬物代謝反応は薬物動態の分野で最も普通に行われる実験の一つであり,技術的には十分確立していると思われるかもしれない.しかし,濃度が高くなるほど反応が早くなる,あるいは阻害剤の添加で基質薬により反応が促進されるなどの,通常の速度論では説明できない現象が起きる.In vitro実験の精度はその程度との考え方もあるが,ガイドライン等が確立しin vitroの実験結果が開発や臨床現場の注意喚起に影響するようになると,in vitro実験の精度管理についてもこれまで以上の配慮が必要である.実際にわれわれはCYPのインキュベーション代謝実験を緩衝液やその塩濃度を変えて実施すると,CYP分子種毎にその影響の受け方が大きく違うことを見い出した.これは実験条件で代謝に係わるCYP分子種の評価が異なるということで,相互作用の見逃しにつながる大きな問題である.

このような問題に対して,複数の基質薬を混合して一斉評価するカセット法を適用し,積極的にモデル解析する研究が進行中である.わかってきたことは,阻害薬とCYP酵素の親和性は基質薬にかかわらず一定であるが,その組み合わせによっては基質薬の代謝活性が残存したり,あるいは極端な場合には増強されるケースがあるらしい,ということである.また緩衝液の影響は阻害薬や基質薬とCYP分子種との親和性にはほとんど影響せず,恐らくCYP分子と結合した後の代謝回転速度に影響しているのではないかと考えている.将来的にそれらを明確にし,in vitro情報のいろいろな予測への利用可能性を高めたいと考えている.この関連の研究は博士課程を修了し,現在,畠山先生の下で千葉大学薬学部薬物学研究室の助教に着任した爲本雄太君がリーダーシップをとり進めている.56

16. スペシャルポピュレーション:人種差と高齢者

私は母親の弟である叔父と子供の頃に理屈ぽい性格がよく似ていると言われた.その叔父は80歳を過ぎて元気であったのだが,prostate-specific antigen(PSA)が上昇したことから前立腺がんの治療が必要と言われ,ドキソルビシンの投与を受けた.しかし治療直後に敗血症をおこしICUに収容され,残念ながら意識が戻ることなく1月ほどで亡くなってしまった.担当医と話したが,がんの治療は安易に用量を減らすと効果不十分になるので,80歳以上であってもフルドーズの投与を行うレジメンになっており,その場合に敗血症を起こす人は100人に1人程度いるとのことであった.私は大いに憤慨した.80歳の老人の肝代謝能力の変化を客観的に推定する方法がないのが問題であり,そのような研究に取り組む研究者がこれまでいなかったのだ.私は東京大学病院で薬剤師としてTDMを担当しており,腎機能評価はクレアチニンクリアランスを考慮した用量調節法が確立しているが,肝機能については適切なマーカーがなく,実質行われていないのはおかしいと日常的に感じてはいたが,その現状をやむを得ないと放置した帰結が叔父の敗血症につながってしまったと感じた.

そこで社会人大学院生として研究を始めた副島呉竹さんに母集団薬物動態解析を行って年齢が共変量として明確な論文情報を片っ端から集め,その情報を統合して肝クリアランスを解析してもらった.その結果,40歳以降では年間0.8%ずつ肝機能が低下すると推定され論文化した.57この報告は意外かもしれないが,世界で初めて高齢者の肝機能の変化を定量的に示したものである.この数字は腎機能の年間1%の低下であるのに比べると小さいが,30年では24%,40年では32%となる.すなわち80を過ぎた高齢者には30%程度の用量調節が基本的に必要ということである.この肝機能の変化は実は肝重量の変化とよく相関しており,そもそも活動量に合わせて肝重量が調整されており,薬物処理能力はその流れの中で決まっているらしい.そんな人間の体の仕組みの合理性にも感心させられることになった.なお腎機能の変化は腎血流量の変化とよく一致していた.血流量は現在超音波で精密にモニタリングできるので,このことは腎クリアランス評価の新しい方法の可能性を示すものでもある.このような情報を活かして用量設定を精密にした臨床試験が行われ,最終的には根拠に基づいた精密医療が実現することを強く願うものである.

東京大学のときに始めた人種差の研究については,追加解析を佐藤准教授にお願いし,東京大学薬学部の楠原洋之教授のグループの協力も得て,81薬剤の673試験の情報を基に2023年に結果を論文発表することができた(Fig. 9).58おりしも内閣から骨太の方針が提出され,その中に「国際共同治験に参加するための日本人データの要否の整理」との提起があった.最終的に日本人の臨床試験をかならずしも必要としない方向性が示され,われわれの論文の科学的に必要な場合に人種差の機構も考えながら適切に試験の必要性を考慮するとの考え方と矛盾しないものとなっている.このような流れにわれわれの研究がどの程度寄与したかは不明であるが,2024年秋にハワイで開催される国際薬物動態学会では,この問題でのシンポジウム発表の依頼を受けており,いろいろな人と議論できるのを楽しみにしている.

Fig. 9. Ethnic Differences in Oral Clearance between Japanese and Western Subjects Estimated by Markov Chain Monte Carlo Analysis of Information on 84 Drugs in 679 Studies (Sato H., et al., CPT Pharmacometrics Syst. Pharmacol., 12, 1132–1142 (2023).58))

Error bars indicate 99% confidence intervals. For the CYP3A substrate drugs (panel A), the confidence intervals for all drugs straddle 1. On the other hand, significant ethnic differences were observed for CYP2C19 (panel B) and low absorption (panel H) drugs.

17. おわりに

薬学部は6年制になって特に私立大学では臨床教育が求められ,一方で基礎研究への取り組みは難しくなりつつある.一方で国公立大学は独立行政法人化で外部資金の獲得が求められ,そうすると薬学部では革新的新薬を創出するなどのわかり易い研究が歓迎されるのが現実である.しかし,企業の経験が長かった私としては,新薬の創出の魅力は理解するが,それはそもそもメガファーマが大規模投資の末にリスクが高過ぎてことごとく失敗した戦略で,それをアカデミアにもし全面的にやらせるのなら,立ち枯れるのは必至と心配になる.

アカデミアは企業がやらないアプローチ,すなわち直ちに経済的利益にはならなくても,将来を見据えて本質的な問題の解決を図る研究と,その活動を通じて若い人を育てる役割こそが重要と考える.本総説で述べたように,私はこれまで研究テーマを正に自由に選択してきた.しかし現在は自由にテーマを選択し,その質を時間をかけて高めるやり方が極めて難しくなっているのを切実に感じる.手前勝手と言われるとは思うが,社会の真の発展のためにもアカデミアの自由な基礎研究をもっと積極的に応援する国になってほしいと強く願うものである.

謝辞

記述した研究は,非常に多くの方々の御協力で成立したものです.千葉大学,東京大学及び万有製薬株式会社の多くの先生方,先輩方,そして同僚と御協力頂いた共同研究者の方々,そして辛抱強く研究を進めてくれた学生たちに,心より感謝を申し上げます.患者個別情報を用いた研究は,ADNI, BIOLINCCなどの公開患者情報データベースや企業の臨床試験個別情報リポジトリ(ClinicalDataRequest, Vivli)から入手したものです.関係各位と参加して頂いた患者の皆さまに深く感謝申し上げます.

利益相反

私が万有製薬株式会社に在籍時に実施した研究は,製薬企業の業務として行ったものである.東京大学,千葉大学で研究を推進した社会人大学院生は,研究実施時に製薬企業に所属していた.また,東京大学附属病院では私は薬理動態学講座という寄附講座に在籍し,多くの製薬企業から経済的支援を受けた.しかしこれらの企業は,ここで報告した東京大学及び千葉大学における研究の内容には係わっていない.多くの研究は,公的あるいは私的財団からの研究費の支援を受けた.研究費の詳細については,それぞれの引用論文を参照されたい.

Notes

本総説は,2023年度退職にあたり在職中の業績を中心に記述されたものである.

REFERENCES
 
© 2025 The Pharmaceutical Society of Japan
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