2025 Volume 145 Issue 5 Pages 395-401
Antigen-binding fragments (Fab) are a type of antibody fragment that contains an antigen-binding site in a therapeutic antibody format. To further improve their utility as therapeutic antibodies, this study aimed to enhance Fab functionality through protein engineering. A Fab expression system using the yeast Pichia pastoris was constructed, and recombinant Fabs were efficiently prepared. Second, a Fab mutant suitable for conjugation with polyethylene glycol (PEG) was generated to increase the serum half-life of the Fab. The interchain disulfide bond normally formed at the C-terminus (H: Cys224-L: Cys214) was shifted to a novel position (H: Cys177-L: Cys160), allowing a free cysteine residue at the C-terminus to be used for site-directed PEGylation without conformational destabilization of the Fab. The prepared PEGylated Fab displayed an increased serum half-life. Several additional sites for the introduction of interchain disulfide bonds, which contribute to conformational stability, have been identified in the Fab constant region, and a Fab with an N-glycosylation site introduced at position 178 of its heavy chain (H: L178N) was expressed in P. pastoris. The high-mannose type N-glycan attached to Fab showed the inhibited Fab aggregation under pH shift-induced stress, and the immunogenicity of the glycosylated Fab was lower than that of the wild-type Fab. These protein engineering results are expected to contribute to the design of Fab molecules with increased functional value and greater safety.
現在,日米欧で承認されている抗体医薬品は100品目を超えており,その適応疾患はがんや自己免疫疾患を中心に,アルツハイマー病,片頭痛予防,高コレステロール血症,感染症などへと広がりをみせている.1)承認されている抗体医薬品の大部分はChinese hamster ovary(CHO)細胞で産生されたimmunoglobulin G(IgG)全長(Fig. 1A)であり,生産コストの高さが今なお課題となっている.近年,この課題を解決できるフォーマットとして,微生物での生産が可能なantigen-binding fragment(Fab),Fab′, single-chain variable fragment(scFv),single-domain antibody(sdAb)といったフラグメント抗体(Fig. 1B)が注目されている.また,IgG全長に抗がん剤などを結合させた抗体薬物複合体や異なる2種類の抗原に結合可能な二重特異性抗体といった従来型の抗体医薬品の付加価値を高めたフォーマットの開発も盛んに行われている.2,3)しかし,どのようなフォーマットであっても抗体医薬品が「タンパク質」であることに変わりはなく,製造工程から投与に至るまでに受ける様々なストレス(pHシフト,凍結融解,温度変化,攪拌など)で抗体分子の化学的・物理的性質が変化し,免疫原性のリスクが高まることが懸念されている.4)したがって,抗体医薬品の新たなフォーマットの開発に加え,免疫原性のリスクを抑えて有効性や安全性を更に高めるためのエンジニアリングも重要といえる.本稿では,抗体医薬アダリムマブ(ヒュミラ®)のFab(Fig. 2)をモデルタンパク質として,フラグメント抗体Fabの医薬品としての付加価値や安全性を更に高めるうえで有用な構造学的知見を得るために行ってきたタンパク質工学研究について概説する.
A: Intact IgG is a Y-shaped protein composed of two identical heavy chains and two identical light chains. VH: Heavy chain variable region, CH: heavy chain constant region, VL: light chain variable region, CL: light chain constant region. B: Antibody fragments. VHH: Heavy chain variable domain derived from camelid heavy chain only antibodies.
Heavy and light chains are colored black and grey, respectively. Protein Data Bank (PDB) ID: 4NYL.
FabはY字構造をしているIgGのアーム部分にあたり(Fig. 1A),H鎖のVH, CH1ドメインとL鎖で構成される分子量約50000のヘテロ二量体タンパク質である.Fabにアミノ酸変異を導入して改変を行うタンパク質工学研究を進めるためにはFabの大量調製系が不可欠であり,宿主細胞としてメタノール資化酵母であるPichia pastoris(ピキア酵母)を選択した.ピキア酵母は,強力なメタノール誘導性プロモーター(alcohol oxidase 1: AOX 1)を用いた異種タンパク質の分泌生産が可能な微生物である.また真核生物であるピキア酵母では翻訳後修飾の1つである糖鎖付加が行われるため,必要に応じてN-結合型糖鎖を付加させることができる.筆者らは,AOX 1の下流にアダリムマブのVH–CH1遺伝子とL鎖遺伝子を配した発現ベクターを作製し,これを直鎖状にしたのち相同組換えによってピキア酵母の染色体DNAに組込むことで,アダリムマブFab発現酵母株を作製した.5)グルコースを炭素源とするBMGY培地での30°C培養でアダリムマブFab発現酵母株を増殖させたのち,メタノールを炭素源とするBMMY培地に切り替えて30°Cで4日間培養し,アダリムマブFabの発現を誘導した.5)培地に分泌されたアダリムマブFabを回収後,陽イオン交換カラムとアフィニティカラムで精製を行い,最終的にアダリムマブFabをmgオーダーの高収量で安定的に確保できる調製系を構築した.5)これにより,アダリムマブFabへのアミノ酸変異導入による解析が可能となった.
フラグメント抗体はサイズが小さいため,微生物で生産できることに加え,組織浸透性が高いというメリットもあるが,6)分子量が60000より小さいために糸球体ろ過を受け易く,IgG全長(分子量約150000)と比べて血中半減期が非常に短い.7)そのため,セルトリズマブペゴル(シムジア®)は,血中半減期を延長するためにFab′(Fig. 1B)にポリエチレングリコール(polyethylene glycol: PEG)を修飾しており,これによって関節リウマチやクローン病といった慢性炎症性疾患の治療も可能となった.7)セルトリズマブペゴルは,Fab′のヒンジ領域(hinge region)に位置するシステイン残基のフリーのスルフヒドリル(sulfhydryl: SH)基にPEGを修飾しているが,8)ヒンジ領域を持たないFabに対して血中半減期を延長するためのPEG,あるいは付加価値を高めるための抗がん剤などを結合させたい場合にどこを修飾部位として利用できるかについて考えた.Fabと標的分子の結合を阻害しないような部位を特異的に狙う必要があり,そのためには,ほかのアミノ酸残基と比べて存在する数が限られているシステイン残基が適している.そこで筆者らは,Fabに存在する5組のジスルフィド結合(4組が鎖内,1組が鎖間)のどれかを修飾部位に利用できないかと考え,H鎖224番目のシステイン残基(H: Cys224)とL鎖214番目のシステイン残基(L: Cys214)で形成される鎖間ジスルフィド結合に着目した(Fig. 3).このジスルフィド結合はFabのC末端に位置しており,抗原結合部位が存在する領域からは離れているため修飾部位に求められる条件をクリアしている.しかし,このジスルフィド結合はH鎖とL鎖の間を繋ぐ唯一の共有結合であり,これを形成するシステイン残基を修飾部位として利用した場合,Fabの構造に影響を与えることが懸念された.そこで,アダリムマブFabのH: Cys224とL: Cys214をともにアラニン残基に置換した変異体FabΔSS(H: C224A, L: C214A)を作製し(Fig. 3),鎖間ジスルフィド結合の有無がアダリムマブFabの物性に与える影響を調べた.二次構造と抗原結合活性に関しては,野生型とFabΔSSで同等の結果が得られた一方で,タンパク質の構造安定性の指標である変性中点温度(melting temperature: Tm)は,野生型が74.9°Cであったのに対し,FabΔSSは69.9°Cに低下していた.5)つまり,Fab唯一の鎖間ジスルフィド結合の有無は,Fabのコンフォメーションには影響を与えないものの,構造安定性には大きく影響することが明らかとなった.5)種々のストレスによって抗体医薬品の高次構造が壊れて凝集体を形成した場合,それが免疫原性の原因となることが懸念されており,4)免疫原性を低減するためにも抗体医薬品は構造安定性が高く,凝集し難いことが望ましい.つまり,H: Cys224やL: Cys214を機能性分子の修飾部位に利用することでFab製剤の付加価値が高まったとしても,それによってFabそのものの構造安定性を下げてしまっては品質に課題が残ることから,なんらかの構造安定化策を講じる必要がある.そこで筆者らは,FabΔSSにC末端に代わる新たな鎖間ジスルフィド結合を導入することで安定化を図れないだろうかと考え,汎用性の面も考慮し,抗体間でアミノ酸配列が保存されている定常領域(constant region)への鎖間ジスルフィド結合の導入を目指した.Protein data bank(PDB)に登録されているアダリムマブFabのX線結晶構造(PDB ID: 4NYL)をモデルテンプレートとして,統合計算化学システムmolecular operating environment(MOE)に搭載されたジスルフィドスキャンを用いてCH1–CLドメイン間でジスルフィド結合形成可能な残基ペアを探索したところ,9組が候補に挙がった.9)さらに,アダリムマブFab H鎖の135–141番目のアミノ酸残基で形成される1stループの構造は解かれていなかったため,この部分の構造が解かれているほかのヒトFabのX線結晶構造(PDB ID: 6NB8)も用いてジスルフィドスキャンを行った結果,H鎖の1stループを変異部位に含む4組の残基ペアが候補に加わった.10)続いて,FabΔSSをベースに,計算上候補に挙がった13組の残基ペア(Fig. 4)を一組ずつシステイン残基に置換した変異体をピキア酵母で発現させた.精製品を用いて行った還元及び非還元両条件でのSDS-PAGEの結果を基に,鎖間ジスルフィド結合を形成したか否かを判断した結果,H: F130C–L: Q124C, H: F174C–L: S176C, H: V177C–L: Q160C, H: F174C–L: S162C, H: F130C–L: S121C, H: A145C–L: F116C, H: K137C–L: F209C, H: S138C–L: F116C, H: S140C–L: S114Cでは完全にジスルフィド結合を形成していた.5,9,10) H: H172C–L: S174C, H: L132C–L: F118C, H: K137C–L: I117Cでは,ジスルフィド結合を形成した分子と形成していない分子が共存し,9,10) H: S187C–L: S176Cはジスルフィド結合を形成できなかった.9)以上の結果より,Fabの定常領域において完全に鎖間ジスルフィド結合を形成できる部位を,新たに9組見い出すことができた.また,鎖間ジスルフィド結合を完全に形成した9変異体のTm値はいずれもFabΔSSより上昇しており,5,9,10)鎖間ジスルフィド結合の導入による構造安定化という目的を達成することができた.特に,H: V177C–L: Q160Cで鎖間ジスルフィド結合を形成した変異体は,野生型と同等のTm値(74.9°C)を示した.5)残りの8変異体は,野生型のTm値には0.9–2.2°C及ばなかったが,そのほとんどがフェニルアラニン残基をシステイン残基に変異させていた.野生型では,このフェニルアラニン残基が周囲のアミノ酸残基とCH/π相互作用や疎水性相互作用などを形成することが推定され,システイン残基への変異によってこれらの相互作用が失われた影響により,野生型のTm値にまでは達しなかったと考察している.9–11)一方,各変異体の結合活性については興味深い結果が得られ,H鎖の1stループを変異部位に含むH: K137C–L: F209C, H: S138C–L: F116C, H: S140C–L: S114C, H: K137C–L: I117Cでは,野生型よりも結合親和性が下がる傾向にあった.10) Sela-Culangらは,抗原結合に伴う抗体の構造変化に関する網羅的解析を行っており,抗原結合部位の反対側に位置するH鎖1stループが,抗原結合時に大きな構造変化を起こすことを計算結果から指摘している.12)これはH鎖1stループの構造の柔軟性が抗原結合に重要であることを示唆している.実際に,H鎖1stループとL鎖との間でジスルフィド結合を形成した4変異体の結合親和性が低下したことより,1stループの構造の柔軟性が抗原結合に関与することを初めて実験で明らかにした.10)以上のことから,特にH鎖1stループに安定化変異を入れる場合は,構造安定性と結合親和性がトレードオフの関係にあることに注意を払う必要があるが,H鎖とL鎖の間にジスルフィド結合を導入することでFabΔSSよりも構造が不安定化したものはなかったことから,鎖間ジスルフィド結合を導入する手法はFabの構造安定化に有用であるといえる.
The interchain disulfide bond is shown as a black line.
The mutated amino acid residues are shown as sticks, except for the amino acid residues in the first loop of the CH1 domain, which is an unsolved region in the crystal structure of the Fab adalimumab (circled with a dotted line). PDB ID: 4NYL.
FabのH鎖とL鎖を繋ぐジスルフィド結合は,通常はC末端のH: Cys224–L: Cys214で形成されるが,これをH: Cys177–L: Cys160に移すことで,Fabの構造安定性を損なうことなく,C末端のシステイン残基をPEGなどの修飾部位として利用可能となった.そこで,アダリムマブFabのH: Cys224を修飾部位として利用できるように改変した変異体mutSS FabSH(H: V177C, L: Q160C/C214A)を作製し(Fig. 5A),PEG化への応用可能性を検証した.この変異体はH鎖のC末端にフリーのSH基を1つ有するが,これが原因となるジスルフィド結合のスクランブリングを起こすことなく,野生型と同様の精製手順で十分量の精製品を得ることができたが,PEGマレイミド(分子量20000)を修飾するための条件検討を行うなかで,H: Cys224のSH基にグルタチオンなどの低分子が結合してPEG修飾を妨げていることが示唆された.そのため,トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩を用いた還元処理と再酸化を経て,PEG修飾体を作製した.13)ただ,Fabには5組のジスルフィド結合が存在するため,還元処理と再酸化の過程でH: Cys224以外に想定外のフリーのSH基が生じ,非特異的なPEG修飾が起こる可能性が考えられた.そこで,H鎖のC末端にフリーのSH基を持たないmutSS FabΔSS変異体(H: V177C/C224A, L: Q160C/C214A)(Fig. 5A)を用いて同条件でPEG化を行ったところ,この変異体にはPEG修飾が起こらなかったことから,mutSS FabSHのPEG修飾はH: Cys224特異的であることが確認された.13)また,野生型FabとPEG化Fabをそれぞれラットに投与して体内動態を調べた結果,野生型の血中半減期が1時間程度であったのに対し,PEG化Fabは27時間程度に延長しており,PEG修飾による血中半減期の延長も確認できた.13)以上のように,Fabの構造安定化に欠かせない鎖間ジスルフィド結合の位置をC末端からH: Cys177–L: Cys160に移行することで,構造安定性の維持とC末端システイン残基への部位特異的修飾の両立を可能にした新たな修飾用Fabのフォーマットを作製することができた.
A: Schematic representation of mutSS FabSH and mutSS FabΔSS. The interchain disulfide bond is shown as a black line. B: Heavy and light chains are colored black and grey, respectively (PDB ID: 4NYL). H: Leu178 is shown as in stick rendering.
糖鎖付加はバイオ医薬品の溶解性を高め,抗体医薬品の凝集を抑えるのに効果的であることが報告されている.14–16)しかし,一般に医薬品及び研究用の抗体は哺乳類細胞で産生されるため,ピキア酵母が付加するハイマンノース型糖鎖が凝集に与える影響については情報が少ないのが現状である.一方で,ピキア酵母で生産された初の抗体医薬エプチネズマブ(VYEPTI®)が2020年に米国で,2022年にはEUで承認されたことから,1)今後はピキア酵母で産生されたFabが医薬品として利用される可能性もあり,ピキア酵母由来の糖鎖に基づくデータの重要性が増すことが考えられる.Courtoisらは抗体医薬ベバシズマブ(アバスチン®)のFab領域の分子表面に位置するaggregation-proneなアミノ酸残基をspatial aggregation propensity(SAP)toolを用いて調べており,H鎖の定常領域に位置する180番目のロイシン残基(H: Leu180)は特に凝集傾向が強かった.16)アミノ酸配列のアライメントから,このロイシン残基はアダリムマブFabではH鎖178番目のロイシン残基に相当した(H: Leu178; Fig. 5B).Courtoisらはhuman embryonic kidney(HEK)293細胞を用いて,H: Leu180近傍にN-結合型糖鎖を付加し,この糖鎖でH: Leu180を覆うことで凝集抑制を図っていたが,16)このロイシン残基をアスパラギン残基(asparagine: Asn)に変異させると,Asn–Gln–SerというN-結合型糖鎖付加配列(Asn–X–Ser/Thr)を作ることができる.つまり,ロイシン残基をアスパラギン残基に変異させることでaggregation-proneなアミノ酸残基をなくし,かつ糖鎖付加による凝集抑制効果も期待できることから,アダリムマブFabのH: L178N変異体をピキア酵母で発現させ,この変異部位に付加させたN-結合型糖鎖がアダリムマブFabの凝集に与える影響について調べた.培養・精製の結果,2種類の糖鎖付加Fabが得られ,ひとつは主にマンノースを9個持つ糖鎖が付加しており(S-glyco Fab),もうひとつはそれ以上のマンノースを含むより長い糖鎖が付加していた(L-glyco Fab).17) S-glyco FabとL-glyco Fabいずれも野生型と同等の抗原結合活性とTm値(約75°C)を示し,H鎖のAsn178に付加したN-結合型糖鎖は,アダリムマブFabの構造に影響しないことがわかった.17)先に述べたように様々なストレスが抗体分子の凝集を引き起こす要因となるが,今回は抗体医薬品の精製工程にも含まれるpHシフトストレスを与えた場合の凝集について検証を行った.野生型Fab, S-glyco Fab, L-glyco FabをそれぞれpH 2.0の緩衝液中に一晩置いたのち,pH 7.4の緩衝液で希釈した際に生じた凝集体をPROTEOSTAT®試薬を用いて検出した結果,糖鎖付加体は野生型よりも凝集が抑えられており,糖鎖付加体の中ではL-glyco Fabの方がより凝集が抑えられていた.17)つまり,ピキア酵母によって付加されたハイマンノース型のN-結合型糖鎖にも凝集抑制効果が期待でき,更に糖鎖の長さと凝集抑制効果には相関があることがわかった.また,in vivo実験において,糖鎖付加体は野生型よりも免疫原性が低下すること,更に糖鎖付加体の血中半減期は野生型の約1時間から更に短くなることがわかった.17) CHO細胞によってFc領域にハイマンノース型糖鎖が付加された抗体医薬品は,マンノース受容体に結合するため血中からの消失速度が速いことが報告されている.18)ピキア酵母はハイマンノース型糖鎖を付加することから,S-glyco FabとL-glyco Fabも同様の理由で血中半減期が短くなったのではないかと考えている.以上のように,Fabに付加されたピキア酵母由来のハイマンノース型N-結合型糖鎖が,凝集を始めとするFabの諸性質に与える影響に関するデータを得ることができた.
Fabの医薬品としての付加価値や安全性を更に高めるうえで有用な構造学的知見を得るために,様々なエンジニアリングを行ってきた.抗体医薬品の安全性に係わる凝集を抑制するためには,抗体分子そのものを改良する手法と製剤的な工夫が考えられるが,これまでのタンパク質工学研究で培った経験を活かし,引き続き,抗体分子側からのアプローチを行っていきたい.一般に,タンパク質は水溶液中で天然状態と変性状態の平衡関係にあり,凝集などの不可逆的な劣化反応は変性状態から引き起こされる.したがって,Fabの天然構造を安定化すれば,免疫原性の原因となる凝集が抑制され,医薬品としての安全性が更に高まることが期待される.これまでに筆者らが見い出した新たな鎖間ジスルフィド結合を複数組み合わせて導入することでFabの更なる構造安定化(凝集抑制)を図れないだろうかと考えており,今後もFabエンジニアリングを積み重ねて,より安全性・有効性が高いFabの設計を目指していきたい.
本研究は崇城大学薬学部 大栗誉敏教授の御指導の下で行ったものであり,Fab研究を行う機会を与えて頂いたことに心より感謝申し上げます.また,本研究の遂行に御協力頂きました崇城大学薬学部 上田直子教授,安楽 誠教授,国立医薬品食品衛生研究所生物薬品部 木吉真人氏,九州大学大学院薬学研究院 植田 正教授に感謝申し上げます.さらに,本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(16K08922)の助成を受けたものであり,併せて御礼申し上げます.最後になりましたが,本研究に御協力頂いた崇城大学薬学部生化学研究室の卒業生に感謝申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2023年度日本薬学会九州山口支部学術奨励賞の受賞を記念して記述したものである.