本稿は、萬葉集巻八の「冬相聞」の部に収録されている大伴家持の一六六三番歌の表現の形成と詠作時期、そして歌詠の位置と意義について考察したものである。表現の形成については、家持が坂上大嬢の巻四・七三五番歌と巻十三・三二八二番歌とを踏まえ、柿本人麻呂歌集歌9一六九二〜一六九三・10二三三四を心に置いて詠作していることが知られる。また、詠作時期については、一六六三の表現を手がかりに家持の他の歌詠の表現とのかかわりを探り、それに基づいて、天平十一(七三九)年の冬と推断した。一六六三が天平十一年の冬の詠作ということになると、一六六三は天平十一年の冬以前に詠 まれた家持歌の流れを承(う)けるとともに、天平十二(七四〇)年の家持歌の表現形成に深く関与するという重要な位置に立つことが判明する。一六六三は平凡な歌と捉えられているけれども、歌詠をよく検討すれば、いまだ知ることができなかったことを語り告げてくれるのである。