1992 年 26 巻 p. 176-166
『ヴェニスの商人』の後半には、三つの大きな場(箱選び、法廷、指輪騒動の各場)がある。それに比べれば、前半(3幕1場まで)には目立って大きな場はない。ヴェニスとベルモントの場面の往復にほそれなりのリズムがあり、ドラマティックな挿話も豊富であるが、構成分析という点では,これまで前半部は後半部ほど注目されなかった。しかし、前半部も三部形式をとっているように思える(A)l幕1〜3場は、ヴェニス-ベルモント-ヴェニスの場であり、後半に完結する主要なプロットの導入が主たる興味である。(B)2幕1〜7場ほ、ベルモント-ヴェニス(数場)-ベルモントの場であり、主要なプロット以外の挿話が主である。(C)2幕8場〜3幕1場は、再びヴェニス-ベルモント-ヴェニスの形式であり、主な登場人物がヴェニスからベルモントへ移る橋渡しの場である。また「報告」が頻出するのが特徴である。以上(A)(B)(C)の間、あるいは各場の間にほシェイクスピア劇特有の時間経過の妙が見られる。三か月後の証文期限が舞台で自然に受け入れられるのはなぜか。その問題にも随時触れている。