本研究の目的は,1994年以来,島根県横田町によって実施されてきた珠算教育協力プロジェクトの現状を分析することである。このプロジェクトは,教材の欠如が問題となっているタイ東北部ロイエット県において,珠算の普及を通して小学生および中学生の計算能力の向上を図ってきた。本研究の質問紙法とインタビューによる調査を通して分かったことは,i)都市部と農村部の生徒の計算能力に差がみられたこと,ii)珠算経験のある生徒は,未経験の生徒より計算力が高かったこと,iii)珠算教育は,生徒の数学教育に対する関心や意欲との関連が見られたこと,である。このことを通して,珠算教育は,計算能力を育てる道具としてのみならず,その地域における低水準の教育の現状を打破する刺激として,理解するべきであることを指摘した。結論として,本プロジェクトの意義と課題を明らかにした。プロジェクトの意義は,国際教育協力の観点から,次の四点である。第一に,日本の自治体が主体的にこのプロジェクトに関わっていることである。第二に,初等教育レベルの基礎学力の向上という問題に取り組んでいることである。第三に日本の独自性を活かせる珠算が利用されていることである。第四に,農村部における教師教育の活性化の契機となりうることである。そして,これら四点を十分に活かすためには,珠算教育をタイ農村部での算数・数学教育に統合していくことが真剣に考えられなければならず,日本の教科教育学がそこに重要な役割を果たしうることを指摘した。
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