本研究の目的は, 刑務所で受刑者の社会復帰支援を目的に放送されているラジオの音楽リクエスト番組における, リスナーが番組の聴取とメッセージの投稿を通じて番組に参加する意義と, DJとリスナー間のコミュニケーションの様相を明らかにすることである。名古屋刑務所豊橋刑務支所で放送されている番組「リクガメ」を対象として, 受刑者の聴取実態について質問紙調査を実施し, 受刑者とDJにインタビューを行った。結果をナラティヴ・アプローチとケア・コミュニケーションの視座から考察したところ, (1)リスナーはメッセージの投稿を通じて, 自身の生活や人生を省察し, 自己の物語を作り上げていると示された。この時, メッセージテーマとリクエスト曲が, 物語の筋立てを手助けしていた。さらに投稿者だけでなく, 聴いているだけのリスナーも, 他者の物語を自身に照らし合わせ, 自らの物語を更新する手がかりとしている可能性が示唆された。(2)DJとリスナー間のコミュニケーションは相手に対する承認が基本にあり, リスナーの語りを後押ししていた。語り手にとって自己の物語を語り, 他者に承認されることは, 自己を肯定されることの喜びや安心感を与えてくれるとともに, 犯罪や暴力の連鎖から抜け出して新たな自己を生きる手助けとなる可能性を有しているという点で, ケアにつながる可能性がある。本研究は, 社会から孤立しがちな受刑者をケアし, 包摂するメディア・コミュニケーションの可能性を示した。
抄録全体を表示