素粒子クォークから陽子や中性子などの核子,その間の核力を媒介する中間子などのハドロンがいかにして構成されるのか.ゲージ原理に基づいてクォーク間の強い相互作用を記述する量子色力学(QCD)が解明の鍵をにぎっているとされる.QCDによれば,クォークは3種類のカラー荷(赤,緑,青)をもち,グルーオンの交換によって相互作用する.カラー荷は電気の世界の電荷に相当するので,例えば正負の電荷をもつ陽子と電子が電気的引力によって水素原子を作るように,カラー荷間に何らかの引力が働けば,クォークの束縛状態としてハドロンが作られると考えられる.
クォーク間に働く力を端的に特徴づけるクォーク間ポテンシャルはどのような関数形をしているのだろうか.実験的にクォークが単体で発見されていないこと(閉じ込め)から,クォークのカラー荷を組み合わせたときに白色成分を含むクォークと反クォークの2体系やクォーク3体系などのポテンシャルが興味の対象となる.しかし,QCDはグルーオンの非線形な相互作用を伴う相対論的な場の量子論であるため,QCDの作用積分を見ても関数形はわからない.また,QCDが低エネルギーで示す強結合性により,ポテンシャル計算には摂動論に頼らない方法が必要となる.
我々は非摂動論的方法の1つである格子QCDの方法によってクォーク3体系に対するポテンシャルを数値計算した.従来の研究では,ポテンシャルは
ウィルソンループ
の期待値から抽出するという方法が一般的であるのに対し,我々はポリヤコフループ相関関数を用い,かつマルチレベル法というアルゴリズムを採用することで,数値誤差の小さな結果を得た.ポリヤコフループは有限温度QCDの研究でよく利用される演算子であるが,これを零温度で用いたことが特筆すべき点である.クォーク3体系の空間配置として,3点が三角形を作る場合,3点が一直線的に並んだ場合,3つのうち2つのクォークが重なるクォーク–ダイクォーク系の配置など,
O(200)の配置について計算した.
ところで3体クォーク間ポテンシャルの結果はどのような軸でプロットすれば良いだろうか.この軸の選び方が,過去にあった関数形の論争と関連して,解析の大きなポイントとなる.我々の解析によると,ポテンシャルを系統的に説明するのに効果的な軸は,3クォーク間の換算距離(2クォーク間距離の逆数の和の逆数),三角形の3つの頂点からフェルマー点までの距離の和(3クォーク間を結ぶ最短距離),そしてフェルマー点から三角形の3辺までの平均距離である.これらの軸に基づくとポテンシャルの関数形は3つに分類できる.簡単なものから順に,クォーク–ダイクォーク系の配置は自己エネルギーの寄与を除きクォーク–反クォーク間ポテンシャルと同じ,一直線的配置はクォーク–反クォーク間ポテンシャルの重ね合わせを半分にしたもの,三角形配置は大きさが小さければクォーク–反クォーク間ポテンシャルの重ね合わせを半分にしたもの,ただし大きくなるにつれて3体系特有の振る舞いが現れる,となる.解析に用いた軸が適切ならば,クォーク3体系でのクォークの閉じ込めに効く力はクォーク–反クォーク系のそれと同じと結論できる.
クォーク間ポテンシャルの研究は格子QCD業界では昔から行われているが,今回の成果は,研究例が少ない3体クォーク間ポテンシャルについて,単に数値誤差を小さくしたというだけでなく,さらに新たな知見を与えるものである.
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