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クエリ検索: "カラ岳"
11件中 1-11の結果を表示しています
  • 長谷川 均
    地学雑誌
    2004年 113 巻 4 号 Plate1-Plate2
    発行日: 2004/08/25
    公開日: 2009/11/12
    ジャーナル フリー
  • 大垣 俊一, 野池 元基
    日本生態学会誌
    1992年 42 巻 1 号 9-20
    発行日: 1992/04/10
    公開日: 2017/05/24
    ジャーナル フリー
    Influence of the land development activity on the coral reef in Shiraho, Ishigaki Island, Okinawa (24°23′N, 124°12′E) was investigated. Farmland development and watercourse embankment have been going on since 1984,in the catchment area of the Todoroki River which flows into this reef area. The top soil is often washed off from the areas where these activites take place into the river and is transported into the sea on and after heavy rains. Turbid water tends to extend around and north of the river mouth, and in this area sediment particles which are easily resuspended are abundant on the sea bed. There was less live coral cover and more dead coral cover around and north of the river mouth than in the southern area in 1989,and the live coral cover seems to have decreased in this area between 1984 and 1989. Scarcity of live coral and abundance of deal coral in the area with heavy sedimentation, as well as decline in live coral during active land development suggests that the human activity in the hinterland induced the degradation of the coral assemblage near the mouth of the Todoroki River.
  • 小巻 泰之
    交通学研究
    2017年 60 巻 175-182
    発行日: 2017年
    公開日: 2019/05/27
    ジャーナル フリー
    本論では、石垣島と宮古島について、空港や橋梁等の整備による居住性の効果を地価関数から推定する。両島とも社会資本整備により居住性が高まることが確認できる。ただし、石垣島では地域の環境変化が地下に影響している。この背景には地域住民の関係性(血縁・地縁かんけいなどのつながり)の強さが、異なった意識を形成させたと考えられる。域外転入者の比率や意識調査のデータなど、住民の関係性に関する変数を加えて検証すると、宮古島と異なり、石垣島では域外転入者の増加により、地域の関係性を希薄化させ、地域環境の変化をより重視する状況にあったとみられる。
  • 松田 裕之, 加藤 芳文, 小倉 礁
    風力エネルギー
    2009年 33 巻 3 号 45-48
    発行日: 2009年
    公開日: 2014/02/01
    ジャーナル フリー
  • 仲座 栄三, 入部 綱清, 徳久 氏琉, 宮里 直扇, 稲垣 賢人, SAVOU Rusila
    土木学会論文集B3(海洋開発)
    2013年 69 巻 2 号 I_515-I_520
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/13
    ジャーナル フリー
     東北大震災の後,日本列島各地において,過去数千年間にも遡って大規模津波の発生やその実態を明らかにすることが津波防災上の重要な課題となっている.琉球諸島における大規模津波としては,約240年前に発生したとされる明和津波が有名である.しかし,これまでの古津波に関する研究成果からは,明和津波と同規模かそれ以上の大きさと推定される大津波が過去に数回発生した可能性が高いと推定されている.本研究は,ボーリングや手堀による調査,そして考古学的発掘調査結果などから,過去に発生した大津波の発生年とその実態を明らかにしている.その結果は,これまでの研究成果で過去数回発生したとされる明和津波以前の津波痕跡やその発生可能性を示す事実が見出されないことを示し,明和津波が過去唯一で最大の津波である可能性を示唆している.
  • 新井 祥穂, 永田 淳嗣
    地理学評論
    2006年 79 巻 4 号 129-153
    発行日: 2006/04/01
    公開日: 2008/12/25
    ジャーナル フリー
    1972年の復帰後の沖縄では農業への政策介入が強化され,農業基盤整備事業はサトウキビの価格支持と並び政策の大きな柱とされた.しかし,県内でいち早く大規模な灌漑整備を伴う土地改良事業が行われた石垣島では,1980年代末以降農家の反対が顕在化し事業が停滞している.本稿では,農家が事業との関わりを通じて得た経験や学習や評価に注目しつつ,事業が石垣島の農業経営に対して持つ意味を分析し,停滞の理由付けを試みた.その結果,面整備は確かに労働節約効果を有するものの,灌概整備がサトウキビの増収に直結しないことや,面整備が果樹生産にはマイナス効果を持つことなどを学んだ農家は,土地改良事業の効果が限定的であることを理解し,それが事業に対する消極的・否定的な態度につながっていることが明らかになった.土地改良事業の大前提ともいえる短期の生産性向上効果が限定的である点は,沖縄の土地改良事業が抱える本質的な問題であるといえる.
  • —石垣島白保サンゴ礁を例に—
    長谷川 均
    日本リモートセンシング学会誌
    2011年 31 巻 1 号 73-86
    発行日: 2011/01/31
    公開日: 2012/03/13
    ジャーナル フリー
    The coral reef environment has turned worse on a global scale and reefs of the Okinawa islands are no exception. Although it is generally accepted that the main cause of coral degradation is related to rise and fluctuation of sea surface temperatures driven by the global warming, a coral reef ecosystem could also be disturbed by a variety of extremely local ecological and/or anthropogenic influences, resulting in coral bleaching and drastic population decrease. The aim of this study is to make clear the process of changes in the shallow-water coral reef environment with regard to land use alterations in the area of Shiraho on Ishigaki Island located in Okinawa, south west of Japan.
    Okinawa, a former Japanese territory under the U.S. administrative authority following the World War II, was returned to Japan in 1972. Thereafter, Okinawa was incorporated in the Japanese economy under the three Okinawa Development Plans in order to rapidly accomplish the social transformation. In Okinawa, several land improvement projects were performed under these development programs, followed by large-scale topographic changes accompanying extensive deforestation and sudden changes of land use practices. As a result, red soil outflow, overloaded runoffs from the farmlands, eutrophication, environmental perturbations of shallow-water reef ecosystems and quasi-extinction of hermatypic corals occurred. In this study, the impacts of the development process on the island ecosystem were assessed by examining the changes in the land use patterns on the island after 1972. Furthermore, using seven series of aerial photographs taken after 1972. I investigated the relevance of the changes on land areas to the deterioration of Shiraho coral reefs.
    The ratio of the sea grass bed colonizing the coral reef moat in 1972 was only 1.2%. After about 30 years (2004), the sea grass bed spread over 7.5% of the same area. The sea grass bed spread most extensively in the place adjacent to land improvement projects where large accumulation of red soil and nutrients took place. The combination of the impact of land improvement projects, the excrement of artificial manure and the runoff flow to the lagoon from the beef cattle breeding caused the spatial extension of the sea grass bed. Because the growth of sea grass is faster than that of hermatypic corals, the hermatypic corals lose their habitat as seaweeds spread.
  • 沖縄県石垣島における星空ツーリズムの発展を通して
    卯田 卓矢, 磯野 巧
    地理空間
    2019年 12 巻 3 号 277-294
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/03/25
    ジャーナル オープンアクセス
    本稿は沖縄県の石垣島を対象に観光資源としての星空の構築プロセスを検討した。石垣島では近年,自治体の観光基本計画に基づいた星空ツーリズムの推進や「星空保護区」の暫定認定,また星空観望専門の観光事業者を含む関連ツアーの増加とツアー内容の多様化などにみられるように,星空の観光資源化が急速に進行した。この要因には以下の3点が関係していると考えられた。第一に石垣島の観光地的性格を基盤とした星空観望ツアー導入の容易さ,第二に南の島の星まつりの開催による星空の価値化とその共有,第三に自治体における星空を対象とした観光振興の取り組みである。また,石垣市による「星空保護区」の申請のような資源の新たな価値づけの作業は,観光資源の競合状況の中で地域を発展させる取り組みとして有用であった。以上の石垣島の動態は「夜間」のような新規性を有する対象の観光資源化を目指す地域において重要な視点になり得ると考えられる。
  • 新石垣空港予定地内遺跡発掘調査の成果概要
    *山本 正昭
    日本地理学会発表要旨集
    2009年 2009f 巻 S103
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/12/11
    会議録・要旨集 フリー
    本発表は2006年10月から2007年12月まで沖縄県立埋蔵文化財センターが主体となって実施した嘉良嶽東貝塚、嘉良嶽東方古墓群そして盛山村跡で確認された津波と地震の痕跡についてまとめたものである。従来まで八重山諸島における地震・津波の痕跡は津波石の調査・研究において明らかにされてきたが、上記3遺跡は埋蔵文化財発掘調査においてそれらの痕跡を窺うことができた初めての事例である。以下、それぞれの発掘調査成果の概要について触れていく。
    まずは嘉良嶽東貝塚であるが石垣市白保の
    カラ岳
    から南東方向約700m、標高5~10m、海岸砂丘の後背地に立地している。遺跡の大半が戦後の土地改良によって破壊されているが、わずかに農道部分のみが攪乱を免れ、遺物包含層と東西方向に走る亀裂、そして広い範囲での白砂層が堆積しているのを確認することができた(写真1)。亀裂は黒褐色シルト層を裂くように断面で4箇所確認された。最も浅いもので約40_cm_、深い亀裂では1mを越え、何れも上方から下方に向けて漸次、幅が狭くなり収束していく。また亀裂内部には摩耗度の少ない珊瑚礫、貝片が大量に堆積しているのが見られた。それらは層を成しておらず、混在している状況で堆積していた。これら亀裂の断面形状や、亀裂内部に堆積している珊瑚礫は明らかに海岸からの堆積物であること、そして珊瑚礫と貝が雑然と密に入り込んでいる状況から、石垣島周辺を震源とする地震動によって亀裂が生じ、その直後に発生した津波と共に運ばれてきた珊瑚礫が亀裂内部を一瞬にして埋めたものと解釈することができる(山本、早田、河名2008)。白砂層については珊瑚礫が少し混入しており、調査区のほぼ全域に厚さ約20~30_cm_で堆積しているのが確認された。当該層周辺からは土器、スイジガイ製利器、石器(無土器期:C141770±80~12世紀前半か)が出土しており、土器は13~14世紀に比定されるビロースクタイプの土器(新里2004)が確認されたものの、遺物は少なく総数20点ほどしか得られなかった。これらの出土遺物と遺物の放射性炭素年代測定から13世紀から17世紀の間に当該白砂層が堆積したものと思われる。 次に嘉良嶽東方古墓群であるが、前述した嘉良嶽東貝塚から南西に約300mに位置し、海岸から約450m内陸側、標高5~10mの石灰岩東側崖下に立地している。石灰岩崖は南北方向に走り、崖面と地表面の接地部に形成された岩陰を利用した古墓を5箇所確認することができた。このうちの1基から18世紀後半に同定される壷屋焼の灰釉碗陶器が副葬品として納められ、その下部から珊瑚混じりの白砂層が約30_cm_堆積しているのが見られた。当該層は崖下一帯が厚く顕著に見られ、その箇所から沖縄産無釉陶器1点が得られている。一方で東側下方の堆積は少なく薄くなっている状況も看取された。また、この珊瑚礫混じりの白砂層が縦方向に下層へ入り込んでいる幅3~5_cm_、深さ1mの亀裂が断面観察おいて確認された(写真4)。亀裂内部の白砂層に見られた珊瑚礫が縦方向に入っているのが確認されたことから、一瞬にして白砂が入り込んだものと考えられる。この珊瑚礫混じりの白砂層直下からは中森式土器(14~16世紀)、中国産青磁、貝、炭を含む黒褐色シルト層が検出されている。よって白砂層が堆積した時期は14世紀から18世紀の間で、更に沖縄産無釉陶器が白砂層から出土していることにより17世紀後半から18世紀の間にほぼ限定することができた。このことから上記で確認された嘉良嶽東方古墓群で確認された白砂層と亀裂は明和津波(1771年)を要因であるとする蓋然性が高い。
    最後に紹介する盛山村跡は海岸から約950m内陸に所在する轟川中流左岸、標高約20mの台地上に立地している。当該村跡では珊瑚礫を少量包含する白砂層が2~4_cm_の厚さで水平堆積していているのが確認された。白砂敷きの遺構の可能性も考えられたが遺物は全く出土せず、平面的にまとまりを有していないため、津波のよる海岸堆積物の蓋然性が高いと判断した。時期は不明であるが検出された地点が内陸部で台地上であることから、明和津波クラスの大規模な津波によって運ばれてきた白砂であることが想定される。
  • 地理学評論
    1966年 39 巻 3 号 199-213
    発行日: 1966/03/01
    公開日: 2008/12/24
    ジャーナル フリー
  • 沖縄水史観(XII)
    山口 晴幸
    水利科学
    2008年 52 巻 5 号 132-181
    発行日: 2008/12/01
    公開日: 2017/10/27
    ジャーナル フリー
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