物価上昇圧力が思うように高まらない中、柔軟な財政政策運営を活用する提案が注目を集めている。中でもプリンストン大学
クリストファー
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シムズ
教授による提案は一般紙でも取り上げられている。具体的には、2%のインフレ目標の達成まで、政府は財政収支均衡にとらわれずに柔軟な政策運営を行うことで、消費支出を増やし物価の上昇を目指すというものである。その提案の背景には、「物価水準の財政理論(Fiscal Theory of the Price Level, FTPL)」と呼ばれる理論がある。シムズ提案とその背後にある FTPL 理論はどのようなロジックに立脚し、私たちはそこから何を学ぶべきか。その理論の基本的な特徴は、政府と中央銀行による「政策行動パターン(=政策レジーム)の組み合わせ」から、マクロ経済政策を分析するという点にある。政府の行動は、財政収支が均衡するように政策運営を行うかどうか、そして中央銀行の行動は、政府とは独立して物価目標を目指すかどうか、という観点から分類される。それぞれの組み合わせにより、物価の決定メカニズムが異なる。現代の先進国において通常想定されるのは、財政規律を守る政府と、政府とは独立して物価目標の達成を目指す中央銀行の組み合わせである。シムズ提案は、一時的・部分的とはいえ、均衡財政に必ずしもこだわらない柔軟な財政政策運営を提唱する。過去の事例を見ればFTPLのロジックが妥当するようなケースも存在し、シムズ提案やそれに類する取り組みには大きな効果も期待される。一方で、政策提案を具体的に検討することで意図せざる法制度の改正などにつながり、財政ドミナンス・財政インフレに陥るといったテイルリスクも排除できない。シムズ提案がもたらす機会とリスクの両面を冷静に分析する必要がある。
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