1.はじめに
カンボジアの森林面積は,1973年時点に約1,310万haあったが,年を追うごとに減少し,2014年には約866万haとなった。この41年間で,実に約34%の森林が失われたことになる。このような森林伐採は,農地転用のほか商業伐採,違法伐採,森林火災などによるという。 森林伐採は,数多くのアンコール遺跡を抱える
シェムリアップ
周辺地域でも進んでいるようである。背景には,急速な観光地化や人口増加の進行があると推測される。森林伐採は,遺跡とその周辺地域に環境変化を引き起こしていると懸念される。そこで本研究では,
シェムリアップ
周辺を対象に1989~2015年における土地被覆状況,とくに樹林地の変化を分析する。
2.研究対象地域と研究方法
研究対象地域は,クメール王朝の傑作とされるアンコール・ワットを中心に,南はトンレ・サップ湖北岸から北はプノン・クーレン丘陵に至る地域である。この地域には,ユネスコ主導で作られた「
シェムリアップ
地域の区画および環境管理計画(ZEMP)」と,クーレン国立公園(KNP)による遺跡,環境保護ゾーンがそれぞれ含まれている。 土地被覆の変化は,おもにリモートセンシング画像の解析(RS分析)と現地調査によって進めた。RS分析に利用した画像は,アンコール遺跡の世界遺産登録(1992年)前である1989年3月のLandsat TM画像(空間分解能30m)と,それから16年後の2015年2月のLandsat OLI画像(同30m)である。これら画像と現地調査およびGoogle earth画像を基に,教師付き土地被覆分類を施して土地被覆分類図を作成した。一方現地調査では,2015~2016年の乾季を中心に,土地被覆分類に使用するトレーニングデータのグランドトゥルースや,土地被覆の変化地点の観察・確認,住民への聞き取りなどをおこなった。
3.研究結果
3-1.プノン・クーレン丘陵とその周辺部の樹林地
土地被覆分類図を作成したところ,1989年における樹林地は,プノン・クーレン丘陵とその周辺部,およびトンレ・サップ湖北岸部に広く分布していた。しかし2015年になると,とくに丘陵周辺部の樹林地面積が大きく減少し,草地・水田・畑・裸地などに変化したことがわかった。一方,当該丘陵内では2時点間の変化はほとんどなく,樹林地は残存していた。 これら地域における現地調査から,丘陵周辺は農地(おもに米,イモ,果樹などの栽培)や荒地のほか,軍事施設として利用されているところも広い面積を占めていることがわかった。一方,丘陵内では,現時点でも森林伐採が進められていた。標高約350mに位置するPopel村(83世帯)におけるインタビューによると,村民はコメ,イモ,豆,バナナやゴマなどの栽培や採薪のため,乾季(12~3月)に自分の所有する森林をおよそ直径300mほど切り開いて農地を作り出している。
3-2.アンコール遺跡周辺の樹林地
作成した土地被覆分類図によると,アンコール遺跡が集中するアンコール・ワット周辺,およびトンレ・サップ湖北岸部では,1989年よりも2015年において樹林地面積が増加していた。一方現地調査では,アンコール遺跡周辺において,増加する外国人観光客に対応するため,観光関連施設の建設やインフラ整備などが進められ,これらに伴って樹木伐採や土地利用変化の生じていることがわかった。また遺跡内では,遺跡の保存・修復事業の一環として,樹木伐採が行われていた。
4.樹林地変化の要因
プノン・クーレン丘陵は,1993年に37,500haがKNPに指定された。このため,丘陵内での森林伐採は禁じられている。1989年と2015年におけるKNPの樹林地にほとんど変化がないのは,KNPの指定が森林伐採の歯止めに奏功しているためと思われる。しかしPopel村民は,伐採はいまでも個人所有地で実施していると説明している。当該丘陵には,モザイク状に森林伐採跡が多数残されているが,今日における伐採規模は以前より大幅に低下したものと考えられる。その一方で,森林伐採は丘陵周辺に広がっている。KNPの指定は,樹木伐採を周辺部で拡大させるきっかけになった可能性がある。 アンコール遺跡周辺では,遺跡保存のためのゾーンがZEMPによって設けられている。2時点の土地被覆分類図から,樹林地面積の増加が示されたことは,このゾーン指定が奏功していることを示している。しかし,1)ゾーン内でも小規模な樹木伐採は行われている,2)RS分析に利用した画像の空間分解能はいずれも30mである。これらの点を考慮すると,樹木伐採の規模によっては,RS分析で樹林地面積の変化を捉えることは難しいと推察される。
抄録全体を表示