ツノゴケ類
は100種余り(推定)から成る,よくまとまった小さな植物群である.他のコケ類(蘇類,苔類)とは系統的にかなり違ったものであると考えられており,分類上は独立の綱あるいは門として扱われるのが一般的である.
ツノゴケ類
には現在10属(亜属も含む)が知られているが,それら相互の関係や分類体系上での取り扱いについては,いくつかの異なった説が並立している(S
CHUSTER1),H
ÄSSEL DE MENÉNDEZ2),H
ASEGAWA3),など).
著者は,主に形態的特徴に基づいて,
ツノゴケ類
の属の分類の再検討を行ってきたが(H
ASEGAWA3)),最近,
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の属レベルの分類には,その含有フェノール化合物の特徴が有効であることを明らかにした(H
ASEGAWA et al. in contribution).更に今回,
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の弾糸壁の有する螢光物質の特徴が,
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の高次分類群の分類に有効であることを発見した.弾糸は,苔類および
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の蒴(胞子嚢)中で形成され,胞子の散布を有効に行うための構造であるが,その形態的特徴は,ある場合には苔類および
ツノゴケ類
の分類のための重要な形質として用いられてきた.しかし,弾糸壁に今回確認されたような螢光物質が存在することは,これまで知られていなかった.
ツノゴケ類
10属中,Sphaerosporocerosを除く9属の弾糸を螢光顕微鏡を用いてB励起光で観察した結果,ナガサキツノゴケ属(Anthoceros)とミヤベツノゴケ属(Folioceros)を除く7属では,弾糸壁が黄褐色の自発螢光を発することを確認した(PL. I,II).それに対して,ナガサキツノゴケ属とミヤベツノゴケ属では,胞子壁は他の7属と同様に自発螢光を発するが,弾糸壁には自発螢光を観察することはできなかった(PL. I,II).
この性質は,ナガサキツノゴケ属7種,ミヤベツノゴケ属3種,ニワツノゴケ属(Phaeoceros)3種,キノボリツノゴケ属(Dendroceros)3種,ツノゴケモドキ属(Notothylas)3種,残りの4属(亜属も含む),即ちアナナシツノゴケ属(Megaceros),Apoceros,Notoceros,Leiosporocerosでは,それぞれ-種ずつにおいて調べられたが,それぞれの属において例外はなく,安定していた.この事実は,ナガサキツノゴケ属とミヤベツノゴケ属は他の7属とは系統的にかなり違ったグループであり,相互に非常に近縁な属であるというS
CHUSTER1)やH
ASEGAWA3)の見解を支持する証拠の一つであると考えられる.
螢光顕微鏡を使っての自発螢光の観察は,資料の処理や顕微鏡の扱い方が簡単なので(実際上は,普通の光学顕微鏡での観察とまったく同じ),光学顕微鏡で多数のコケ類標本をつぎつぎと調べていくのと同じ要領で行うことができる.それ故,できるだけ多くの資料を調べて,分類群内の変異を調べることを必要としている分類学的観察にとっても,螢光顕微鏡は有効な手段となる可能性があると考えられる.これまで,植物の分類のための形質として,螢光顕微鏡で観察された自発螢光の特徴が取り上げられた例はない.今回,弾糸壁の自発螢光の有無が
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の高次分類群の分類にとって有効であることが明らかにされた.このことは,他の多くの植物群においても,螢光顕微鏡での観察が,有用な分類形質を発見するための手段となる可能性を示唆していると考えられる.
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