岩手大学農学部の前身である盛岡高等農林学校出身の童話作家である宮沢賢治は、鉱物収集が好きで「石っこ賢さん」と呼ばれていた。装飾品である琥珀を宝石だと思っている方もおられるが、太古の植物樹脂の化石である。化石であるので世界中多くの場所で見つかっているが、商業化されている産地はバルト海産が大部分を占め、残りがドミニカ産と久慈産琥珀である。
岩手県久慈市周辺の玉川層に眠っている久慈産琥珀は、約 9000 万年前(中生代白亜紀後期)の Alaucariaseae(
ナンヨウスギ属
)が起源樹の琥珀と言われ、 3 つの琥珀の中では一番古い。約 6600 万年前の K-Pg 境界と呼ばれる時期に、メキシコのユカタン半島に巨大隕石が落ち、生物種の約 75%が絶滅し、個体数の 99%が死滅したが、久慈産琥珀はそれより前の植物の樹脂の化石であり、バルト海産とドミニカ産琥珀は、 K-Pg 境界以降の植物の樹脂の化石である。
起源樹と年代が異なるため、バルト海産琥珀は乳白色とコニャックカラー、ドミニカ産琥珀は紫外線での発色、久慈産琥珀は赤みを帯びた色合いを示す違いがある(図 1)。
ところで、演者の専門は「ケミカルバイオロジー(化学生物学)」で、微生物、植物、食材などの天然資源から、病気の原因の生物活性を利用して、含まれている生物活性物質を単離精製し、各種機器分析により化学構造を決定する。その後生化学・細胞生物学の手法で作用メカニズムを解析していく学問である。構造や生物活性が新しい化合物が見つかると共に、それらは特許が取得出来て医薬品や機能性表示食品などとして開発もできる。
古くは、 1928 年に青カビから抗生物質ペニシリンを発見し、人類を感染症の恐怖から救った細菌学者のフレミング博士(1945 年ノーベル医学・生理学賞)がいる。また、北里大学の大村智先生が微生物から抗寄生虫薬イベルメクチンを開発し、同時に、植物から抗マラリア薬のアルテミシニンを発見した中国のTu YouYou 先生らが、 2015 年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。演者は、前職の企業の研究員の時から微生物由来の医薬品探索を行っていたが、 2001 年に岩手大学農学部に赴任してからは、天然資源が豊富な岩手県の植物・食材などから、新規の低分子生物活性物質の探索研究を進めている。
植物は、既に漢方薬として用いられている上に、解熱鎮痛薬のアスピリンや抗がん剤のビンクリスチンなど多数の医薬品が見出されている。そこで約 9000 万年前の植物の樹脂の化石にも、病気の予防や治療が期待できる生物活性があるのではないか? もしあったら、その生物活性物質の化学構造はどの様な物だろうか? 久慈産琥珀は、非常に好奇心をくすぐられる天然資源であった。
天然資源から、新規構造の生物活性物質が見出されれば、世界中で自分しか有していない物質であるため、自分だけのオリジナルの研究になる上に自動的に世界のトップを走ることになり、変に競争をする必要が無い。また、新規物質には、発見者が名前をつけることができる楽しみもある。そのような仕事を俗語で「物取り」というが、演者はこれまで41 年間愚直に「物取り」を行ってきた。
さて、「物取り」は宝探しの様な夢がある仕事で、新規物質を効率良く見つける工夫を各研究者が行っているが、珍しい天然資源とユニークな生物活性を検出する反応系(アッセイ系)の組み合わせが重要である。演者は、 珍しい天然資源として久慈産琥珀に 2006年に出会えたため、ユニークなアッセイ系として、病気の原因の遺伝子を破壊、変異、及び過剰発現させて、あるストレスを与えると死んでしまうか、生育できなくなる「病気の酵母」を元気に回復させる系を用いることとした。
久慈産琥珀は、石では無いので簡単に粉末にでき、それをアルコールで抽出すると約5%が抽出される(図 2)。久慈産琥珀のメタノール抽出物を MEKA と略するが、これをカルシウムシグナル伝達に関わる遺伝子変異酵母 YNS17 株に与えると、元気に生育する様になる(図 2)。この系では、ヒトの臓器移植時の免疫抑制剤や、アトピー性皮膚炎の軟膏として実用化されている FK506(タクロリムス)が、強力な生育回復活性を示すことから、 YNS17 株に作用する物質はヒトでも効く可能性が示唆される。私たちは MEKA から、 YNS17 株を用いて新規構造を有する15,20-dinor-5,7,9-labdatrien-18-ol(Kujigamberol=クジガンバロール=久慈頑張ろう !!と命名)(図 2)を 2012 年に発見した。その後、精製法を変えたりアッセイ法を変えたり工夫をすることで、これまでに 20 余りの新規物質を明らかにしてきた。一方で、バルト海産とドミニカ産琥珀のメタノール抽出物からはもちろん、ドイツ産、中国産、スマトラ産琥珀など、調べた限りの世界の琥珀からは、現代の植物にも含まれる既知物質であった。ここで、なぜ琥珀の中でも久慈産琥珀からのみ新規物質が見つかるのか?という大きな命題が生じた。そこで、久慈産琥珀より約 3500 万年古いが、同じ緯度に位置し、外観が似て起源樹も同じで、 YNS17 株に対しても同じ活性を示したスペイン産琥珀のメタノール抽出物(MESA)の生物活性物質との比較を行うことにした。
その結果、 MESA にも kujigamberol は含まれていたが、その含量は著しく低下し、その代わり、分解物と思われる低分子化した物質の増加が認められた。また、 MESA からも、MEKA からは得られなかった新規物質が発見された。このことは、久慈産琥珀に対する約9000 万年間の続成作用が、他国産琥珀に対してよりは強いが、スペイン産琥珀に対してよりは弱く、新規物質に変化するのに程よい地球環境であったことを示唆している。
最後に、 MEKA と kujigamberol の機能性について紹介する。両者ともモルモットに対する鼻づまりにおいて、臨床点鼻薬の 1/5 量で同等の効果を示した。また、細胞では、メラニン産生抑制活性(美白作用)とコラーゲン促進活性(抗シワ作用)が認められ、 2015 年に化粧品(図 2)として販売を開始し、地方創生と震災復興に貢献している。
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