阪神・淡路大震災の後, それまで, 特殊な専門用語に過ぎなかった「活断層」という言葉が, 広く人々に知られるようになった。本研究は, 社会的表象理論 (Moscovici, 1984) に依拠して, この言葉が, 地震にともなう新奇な事象を「馴致 (familiarize) 」し, 人々の日常世界に取り込まれる過程について検討した。この目的のため, 新聞, 雑誌に掲載された関連報道の内容分析を行ない, Moscoviciが提起した2つの馴致メカニズム-係留 (anchoring) と物象化 (objectification) -のそれぞれについて実証的に検討した。具体的には, 係留過程については「活断層」に関する比喩表現の分析に, 物象化過程については地震前兆証言の分析に焦点をあてた。この結果, 特に, 地震前兆証言は, その独特の発話形式 (回顧的発話形式) に負うて, 社会的表象研究が抱える困難-社会的表象が確立した時点で, 未確立の時点における様相を記述することの原理的困難-を克服する有力な研究対象の一つであることを示唆した。さらに, 社会的表象の概念と認知社会心理学的な諸概念との異同についても論じた。
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