ヒトの遺伝情報を解読する世界的プロジェクト、「
ヒトゲノム計画
」は 2003 年に完了した。遺伝情報=ゲノムは、生物の設計図といえるものであり、ヒトゲノム計 画によって我々は人体の設計図を手に入れたことになる。また、
ヒトゲノム計画
は 遺伝子解析技術の爆発的な進歩をもたらし、これらのことが医療における「遺伝」 の捉え方を大きく変えた。「遺伝」は、これまでの保健医療領域にいては、遺伝性疾患をはじめとする 何らかの特徴が、親から子へと受け継がれる現象をしめす言葉として捉えられ てきた。これは、決して間違ってはいないが、実は「遺伝(genetics)」の一側 面、すなわち「継承性(heredity)」の側面のみを捉えているにすぎない。「遺 伝(genetics)」は、 本 来は「 継 承 性(heredity)」と「 多 様 性(variation)」 の双方を指す言葉であり、
ヒトゲノム計画
は、この多様性の根幹といえる遺伝子(gene)すべて(-ome,「総体」)を解読することを目的とした。 ゲノムがもたらす多様性(variation)は、社会学的な多様性(diversity)とは異なり、生物としての「形質」の違いを意味する。形質とは、肌の色、髪の 毛の性状、身長の高低、といったような人間の特徴そのものであり、その中には、「疾患 A へのかかりやすさ」「症状 B のおこしやすさ」といったような疾患・症 状に関する形質や、「薬剤 C の効きやすさ」「副作用 D のおこりやすさ」といった 薬剤応答性に関する形質も存在する。
すなわち、ゲノムは、人体に生じる様々な現象の内的要因であることはもちろん、 外的要因への反応の多様性に関連している。臨床においては、「同じ手術でも 疼痛の訴えが多い人とそうでない人がいる」「Aさんは温罨法が、Bさんは冷罨 法がより安楽だという」といったような、個人による反応の差異を経験する。この ような個人差は、「個別性」として一括りにされがちで、場合によっては「我慢強さ」 や「好み」といった曖昧な言葉で片づけられることがなかっただろうか。もし、こ れらの反応の個人差に、ゲノムが関わっているとしたらどうだろう。ゲノム情報を もとに、その人の反応を予測できれば、その人に適した医療・看護を、問題が 生じる前に提供できる。それこそが、
ヒトゲノム計画
により現実のものとなってきた Precision Medicine(精密医療)であり、その一端をになう領域として、ゲノム 看護学がある。本演題では、ゲノム看護学の現状と展望を共有し、新たな看護 について共に考える機会としたい。
抄録全体を表示