ラングール類の頭骨は顕著に多様であることが知られているがどのような要因によって多様化してきたのかは未だ不明な点が多い。分類学的にも極めて混乱したグループであったが近年の分子系統学的研究はその種分化史を徐々に明らかにしつつある。そこで我々は塩基配列データと頭骨の三次元形態データを用い,系統発生学的な文脈の中でラングール類の頭骨がどのように多様化してきたのかを検討した。
野生由来のラングール類15種242個体の頭骨を対象に接触型三次元計測器を用いて67点の解剖学的標識点の座標を取得し,幾何学的形態測定法によって個体間の形状変異とサイズ変異を解析し,さらに各種の平均値から種間ペアワイズの形状距離行列とサイズ距離行列を構築した。またCyt-b遺伝子1141bpの配列をGenbankより取得しMEGA4.0を用いて種間ペアワイズの遺伝学的距離行列を構築した。マンテル検定によって三行列間の相関を検定した。
ラングール類の頭骨形状は系統学的近縁性とはほぼ独立に種間で変異し,系統発生学的拘束以外の要因に左右されていると示唆された。形状変異はサイズ変異と連動したアロメトリーの影響を強く受け,サイズの大きい種ほど顔面が面長になり,小さい種ほど面短になる傾向があった。例えばテングザルの特異的に面長な顔面もアロメトリーの影響によるものと考えられる。大半の種の頭骨形状は推定されるアロメトリー式の誤差範囲内にあったが,ドゥクラングールとボウシラングール,
フランソワルトン
はアロメトリー式から顕著に逸脱し,相対的に顔面が短く関節突起に対して歯列が後退する傾向があった。ラングール類の多くの種は葉食的傾向が強いが,上記三種は例外的に種子を高頻度で採食するという点で共通する。三種に見られた形態傾向は咀嚼器のテコ比を向上するのに寄与すると考えられるが,種子のような硬い食物資源に対する機能的適応の結果かもしれない。
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