本論文では、J.S. バッハの作品においてルターの賛美歌がどのように扱われているかを見ていく。バッハがルターの賛美歌を多く用いたことは先行研究でも度々指摘されているが、用いられ方の全体像を提示した研究はないため、本稿では一覧表等も用いてその全貌を示し、特徴等を明らかにする。なお、本稿では扱うルターの賛美歌をルター作詞の44とする(表1)。
バッハ作の約200曲のオルガン・コラールのうち、53曲がルターの賛美歌に基づく。『オルガン小曲集』では、当時の賛美歌集に掲載されていたルターの賛美歌がかなり網羅的に選ばれた様子が観察された。声楽作品では、コラール・カンタータ53曲のうち11がルターの賛美歌全体を土台にしている。それ以外の教会音楽では46作品中の58楽章、四声体コラールの26作品にルターの賛美歌が使われている。バッハの声楽作品で用いられた370ほどの賛美歌詩節のうち、100がルター作である(表2-4)。ゲルハルトの賛美歌との比較からは、バッハがルターの賛美歌を高い割合で用いただけではなく、オルガン曲を含めて幅広く用いたこと、コラール・カンタータで多く採用したことが分かる。
バッハの頃に最も広まっていたのはルターの賛美歌だとされるが、バッハの参照した4つの賛美歌集でルターの賛美歌が占める割合は1~9%に過ぎない。これらの賛美歌集では各祝日の欄の最初の方にルターの賛美歌が挙げられ、ルターの賛美歌を重視するのは当時の教会、あるいは賛美歌集編纂の方針にも沿うことであったろう。だがそれでも今日に伝承されるバッハのオルガン・コラールや用いられた賛美歌詩節の4分の1以上がルターの賛美歌であることは特筆に値する。本論文では、データの上からもバッハがルターの賛美歌を頻繁に用いたことを裏付け、用い方の特徴を明らかにし、逆に用いられなかった賛美歌についてはその理由を考察した。
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