地域発展における観光産業の重要性が広く認識されるにつれて、観光イベントが地域社会にもたらす効果への期待がさらに高まっている。観光イベントの開催によって、地域社会は特定の期間に観光市場での卓越した地位を確保すると共に、経済的、商業的、社会的、環境的、心理的、政治的などの様々な側面で正の効果を受けることになる。また、観光イベントは、来訪地域の非日常性をさらに増幅させ、来訪した観光客に地域への特別な印象を与えることも可能である。しかしながら、開催した観光イベントが必ずしも期待した効果をもたらすとは限らず、コストに見合わない過度な投資となってしまうという運営上のリスクも存在する。そうしたリスクを回避しつつ、収益性や波及効果の高い観光イベントを継続して実施していくためには、その観光イベントの効果を客観的に評価し、成功点や改善点を見つけ、次のイベントの質向上に役立たせる努力が必要であろう。
従来の観光イベント評価研究では、観光者や地元住民への心理的効果や、観光イベント開催による地域への経済波及効果の分析が多く行われてきた。しかし、観光イベント開催時における観光客の地域内での移動・流動という行動動態の側面から観光イベントを評価しようとした研究は少ない。常に物理的に存在する観光アトラクションとは違い、観光イベントは一時的・短期的に地域内に生じる空間事象ではあるが、その影響によって地域内に平時とは異なる観光客の移動パターンが生じると考えられる。本研究では、それらの性質や規模を明らかにすることで、観光客の行動動態の側面から、観光イベントの効果を評価する。
本研究で対象としたのは、東京都台東区の上野地域で開催された上野「文化の杜」アーツフェスタである。この観光イベントは、
上野恩賜公園
とその近隣にある文化施設・機関が協力し、文化資源の宝庫である上野地域の文化拠点としての魅力向上を目的に開催された。2016年3月25、26、27日のイベント開催時に訪れた観光客へGPSロガーを配布し、公園内を中心に他地域を巡ってもらった後、帰り際に機器の回収と質問紙への記入を依頼した。有効サンプル数は198であった。
対象地をゾーン分割し、ゾーン別流入数をみたところ、フェスタ会場への流入が最も多かった。次に、個々のゾーン別滞在時間データからクラスター分析によって観光客を類型化した結果、上野動物園だけの滞在あるいは多くの時間を動物園で過ごす【動物園重視型】と、フェスタ会場や博物館・美術館への訪問や滞在が目立つ【フェスタ・文化施設重視型】の2つのクラスターが抽出された。前者では既存の施設訪問前後にフェスタ会場に立ち寄る副次的訪問の発生が確認され、後者ではフェスタ会場だけに訪問して戻るパターンが多いことがわかった。したがって、フェスタの開催が観光客の移動パターンを直接的・間接的に誘発する要因となったと判断できる。
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