本州の日本海側を中心にみられるナラ類の集団枯損は、カシノナガキクイムシ(以下、「本種」)が媒介する
Raffaelea quercivoraが原因で発生する。これまでの研究から、本種成虫は斜面下方から斜面上方へ移動する傾向があり、成虫の正の走光性が至近要因の一つであることが明らかにされた(Igeta et al., 2003)。また、飛翔する本種成虫の多くが風下に移動するという報告もある(井下田ら,2002)。そこで本研究では、成虫の飛翔方向に風と斜面が与える影響を相対的に評価することを目的とした。
調査は石川県加賀市刈安山で行った。調査区の斜面方向は西南西である。
風向トラップは2つの粘着バンドからなる。風向きと移動の関係を調べるため、常に風上を向く風見鶏に、筒状の粘着シートを粘着面が表になるように取り付けた(以下、「回転バンド」)。その下には斜面と移動の関係を調べるために、常に固定されている粘着バンド(以下、「固定バンド」)を取り付けた。このトラップを林内の地上高約1mの位置に60個(10列×6)設置した。調査期間は7月1日_から_10月27日である。シートは全周を24等分し、1週間間隔で各部位で捕獲された成虫数を数えた。風向トラップの設置と同時に、自記記録装置付きの風向風速計も1台設置した。データは1時間間隔で記録した。Circular Statisticsによって、捕獲数と風向きについて方向性の検定を行った。
調査期間中、2459個体がトラップで捕獲された。最初の5週間(7月1日_から_8月4日)で全体の77.3%の個体が捕獲されたため、この期間の結果について解析した。
回転バンドでは風上側で有意に多くの個体が捕獲された(Rayleigh test, p<0.05)(図A)。これは、飛翔成虫の多くが風下に移動していたことを示している。一方、固定バンドでは、北西側で有意に多くの個体が捕獲された(Rayleigh test, p<0.05)(図B)。本種成虫はおもに午前中に飛翔するが、飛翔成虫の多くが午前中の太陽の方向である南東方向に移動していたことを示している。回転バンドと固定バンドの結果を比較すると、回転バンドでは方向性は明確でなく、風下側でも比較的多くの個体が捕獲されていた。この結果は、この場所では風よりも光の方が移動により強く影響していたことを示している。午前4時からから正午までの風向きを調べたところ、午前9時までは東の風が卓越していたが(Rayleigh test, p<0.05)(図C)、午前10時以降は、上昇気流により北北西の風が卓越するようになった(Rayleigh test, p<0.05)(図D)。午前4-8時は風は弱く、午前9-12時は風が強くなった。これらの結果、本種成虫の飛翔方向に及ぼす光と風の影響を次のように考察した。本調査地では、一貫して明るい方向に飛翔する個体が多かった。午前4-9時まで、飛翔成虫の多くは明るい方へ向かって飛翔していたが、結果的に風上に向かって飛翔していたことになる。これは、午前8時までは風が比較的弱いことも関係していたものと考えられる。午前10時以降は、北西方向の上昇気流が発生し風も強くなった。風の方向と太陽の方向が一致していたため、飛翔成虫の多くが風に流され、明るい方向へ移動した。
次に、1週間ごとのデータで同様の解析を行った。回転バンドでは、5週のうち3週は風上側で多く捕獲されたが、2週だけはまったく逆に風下側で多く捕獲された。それに対して、固定バンドでは、一貫して、北西側で多くの成虫が捕獲された。これらの結果も、この年のこの場所では、風よりも光がより強く移動方向に関係していたことを示している。
粘着板を斜面方向に対して垂直に設置して、本研究と同じ場所で5年間調査を行った結果では、本種成虫の斜面下方から斜面上方へ移動する明確な傾向はみられなかった。この原因は、飛翔成虫の多くが粘着面とほぼ平行である南南東方向に移動したため、粘着板の表裏で捕獲数に差が認められなかったものと考えられた。したがって、これまでに報告されている斜面の下から上へ向かう移動も、重力そのものよりも光が強く関係している可能性が強い。
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