本稿は、女性の労働観と金銭意識の探究を目的としている。そのため家事と生業の両方を担ってきた昭和初期の女性の労働に焦点をあて、聞き取り資料によって、日常生活を維持するための女性の役割と労働意識、金銭との関わりについて考察するものである。
最初に家事労働と生業にかかわる女性の働き、私財についての民俗学における先行研究を確認する。次に、漁業では漁獲物の加工や販売など金銭とかかわる機会が多いことから、漁村地域である青森県中泊町下前の事例を検討する。それに基づき食料の自給と手仕事、大家族の暮らしと家の財産管理、現金稼ぎについて検証し、生活全体を視野に入れて女性の働きに関する考察を試みる。
多くの話者たちの個人的経験を聞き取るなかで、イエ(家)を維持するための経済的仕組みが明らかになった。家業は家族の役割分担によって成り立ち、家長が家の財産を相続して管理し、大家族であっても家計は一つで家長の妻によって管理されていた。親に従う生活ではあるが、嫁にとって金銭的には実家の援助が大きかった。こうしたなかで、女性たちの思いを表現した言葉からは、労働意識や私財の位置づけを知ることができた。わずかな私財(自由になる金)も、子供のために消費された。
青森県域では昭和三〇年代に高度経済成長が始まるまでは、家内消費のための畑作などで日常生活にかかる金銭は少ない自給的な暮らしが続いていた。伝統的な暮らしのなかで女性が家事や家業のために働くことは、生計維持のために必須のこととして受け入れられた。この働き方は対価としての現金を得ることはない無償の労働であったが、「嫁の稼ぎ」として家族や共同体の人びとに評価された。女性たちはそれぞれの家庭の事情に合わせて働き方を工夫し、誇りと生きがいを持って労働に励んだ。小遣いなどの少額の私財は、家族への思いを表すものとして意味を持ったことを、見出すことができた。
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