成熟せる果實の化學的成分は種類によりてその含有量を異にするが,温州蜜柑は遊離酸1%,還元糖3.7%,蔗糖3.8%にして,この酸と糖との量的關係は,貯藏中に於ても變化なく保たるるものである.然るに市販サイダーは遊離酸0.1%なるにも拘らず,成分中の蔗糖が枸櫞酸により漸次加水分解せられ,還元糖の増加するを認むる.この試驗管内の反應と自然界の現象との相違を化學的に説明せん爲に枸櫞酸による糖の加水分解を研究せり.その結果
(1) 蔗糖は脂肪酸よりもオキシ酸による方がその加水分解速度大なり.
(2) 蔗糖の枸櫞酸による加水分解は, pHに關係あるも, pHのみによるとは言ひ難い.
(3) 蔗糖の枸櫞酸による加水分解は鹽類により,影響をうけ,加里,ナトリウム,マグネシウム,第一鐵鹽は液のpHを大となし,速度を減ぜしめ,第二鐵鹽はpHを小となし,速度を増進せしむ.
(4) 枸櫞酸により加水分解せらるる重糖,多糖は,成分單糖として果糖を含むによる.既蔗糖, Raffinose, Stachyose, Inulinは2N枸櫞酸, pH=1.7, 40°に於て容易に加水分解せられるが, Trehalose,麥芽糖,乳糖,澱粉はこの條件の下では全く加水分解されぬ.
(5) 枸櫞酸により加水分解をうける重糖,多糖は,加水分解により糖分子より,果糖分子のみ分離せられる.
(6) 以上の成績より蔗糖の枸櫞酸による加水分解の機作を考ふるに,果糖分子の存在に第一原因を有するものと推定し, Octamethyl-sucroseが加水分解せられる事から,果糖分子内のFuranose-oxygenが直接の因を爲すものにして,このOxygenの變化に次いでEther-oxygenの分裂が行はるるものと説明せり.
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