今日、「在来知」「伝統知」「ローカルな知識」などと総称される知識の再評価と新しい意味づけが活発に行われている。それらの知識は今日、未曾有のスピードで進行する社会や生活のIOT、IT化の巨大な奔流に人々が押し流さている状況に対して、それに抗うように脚光を浴びてきた。本論の目的は、「在来知」とそれと対極に位置される近代科学知との動態的な関係性を検討することにある。
本特集で井上真は両者の関係性を理念的に四つに整理した。第一のタイプは、在来知を科学知によって包摂する「組み込み」である。第二は、第一とは逆に、在来知の側の主体性やイニシャティブに力点をおいた「取り込み」だ。第三は、二つの知識がそれぞれ棲み分ける「調整」である。そして第四の関係性は両者が溶け合い一体となることで新しい知識を創り出す「融合」である。本論では、この類型化をもとに、二つの知識の関係性の問題点を検討することで、両者の関係性が別の新たな知識と価値を創造する可能性を探求する。
そのためにまず、両者が現実の変革、困難の解決のために協働する、いわば「科学知と在来知の幸せな関係」について検討する。しかし、両者の関係性についてより直截的かつ根源的な検討を迫られるのは、両者が「不幸せ」な関係にある時だろう。つまり近代科学知と在来知の内容と方向性が食い違い、対立する場合である。在来知の内容が科学的に正しくないどころか、それを活用することが有害で現状を悪化させるという「事実」が科学的に検証された場合、その在来知に対してはどのような認識をもてばよいのかという問題である。こうした状況は、在来文化とそれを支えてきた価値規範(世界観)とグローバルで普遍的な価値規範が対立した時に、どのような力が作動し、どのような基準が最終審級として作用したかを明確に表している。科学知の最終審級を承認するのでもなく、在来知(当事者)の判断に委ねるのでもない、二つの知識の動態的関係性を展望し、様々な罠からブレークスルーする第三の道はどこにあるのだろうか。本論はそれを多面的に探求するための試論である。
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