【目的】
高齢者の転倒による骨折は社会全体として取り組むべき課題である。これまでに転倒とバランスに関する多くの研究・報告がなされてきたが、転倒があらゆる方向に起こりうるものであるとして捉え、多方向への転倒の危険性について言及した報告は少ない。そこで我々は、前後左右および斜め45度の計8方向へのリーチ距離によってバランス能力を評価するStar Excursion Test (Kinzeyら、1998)原法を修正してRevised SET(以下R-SET)を独自に考案し、一般的なバランス評価指標である開眼または閉眼片脚立位保持時間(以下OLS)、Timed “Up and Go” test(以下TUG)、10m最大歩行時間(以下MWS)や 10m最大速度歩行平均歩幅(以下SL)との関係を調査し、若干の知見が得られたので報告する。
【方法】
対象は、当法人デイケア利用者のうち、独歩可能な19名(男性14名、女性5名、平均年齢78.6±7.8歳、身長158.2±7.5cm、体重59.7±8.8kg)とした。主疾患の内訳は、脳血管疾患11名、骨関節疾患4名、内部疾患3名、その他1名であった。Kinzeyらの原法を修正したR-SETを用いて8方向の下肢最大リーチ距離を測定した。独自で作製した、1cm目盛りの塩化ビニール製測定シートの中点に足底の中心部を位置し、シートに書かれた直線上に足部をできるだけ遠くへリーチできる8方向(前方、前外方、外方、後外方、後方、後内方、内方、前内方)の最大距離を測定した。測定は3回ずつ行ない、測定値は対象間で比較するために、各対象の身長で除し標準化し、平均値を代表値として採用した。直線上にリーチ出来なかった記録は測定不可とし採用しなかった。これらの結果と、OLS、TUG、MWS、SLとの関係を比較した。統計処理として、R-SETの各方向リーチ距離とOLS・TUG・MWS・SLそれぞれとの関係、R-SETの各方向リーチ距離間の相関についてSpearmanの順位相関係数を用いてそれぞれ解析した。危険率5%未満を有意水準とした。
【説明と同意】
対象者には口頭および文書をもって、本研究の趣旨、また、被験者にならなくても不利益にならない事を説明し、研究参加の同意書に署名を得た上で、研究を実施した。
【結果】
バランス評価指標との関連として、OLSでは、開眼16項目中6項目で有意な正の相関(rs=0.50~0.83)が認められたが、その他については有意な相関は認められなかった。TUGでは、16項目中2項目において有意な負の相関(rs=-0.52~-0.53)が認められ、その他については有意な相関が認められなかった。MWSでは16項目中7項目において有意な負の相関(rs=-0.51~-0.74)が認められた。また、SLでは、16項目中12項目(rs=0.46~0.95)で有意な正の相関が認められた。また、R-SETの各方向リーチ距離間の相関については、全120項目中72項目で有意な正の相関(rs=0.46~0.92)が認められた。
【考察】
本研究の結果、R-SETとMWSには有意な負の相関が、R-SETと SLについては有意な正の相関が認められた事から、R-SETは歩行時のパフォーマンスを捉えるための一手段として有用であることが示唆された。また、R-SETの各方向リーチ距離間での相関が高く、今回実施したその他のバランス評価指標の中で最もR-SETと相関の強かった項目がSLであったことから、多方向に対して大きなリーチが可能であれば、左右交互に下肢リーチ動作を繰り返す歩行動作においても安定性も高いと考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
SETはSLと有意な正の相関のあるパフォーマンステストであり、今後他の評価バッテリーとの関連を確認することで、バランス能力をより多角的に捉えるための指標となりうる。
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