【目的】加齢に伴う筋力の低下は,運動単位の減少,それに伴う筋線維数の減少など,筋の量的な変化によって起こる.一方,骨格筋における糖・脂質代謝機能の低下によって筋量に見合う筋力が発揮できない状態,つまり筋の質的な変化による筋力の低下も起こることが指摘されている.先行研究では,糖尿病高齢者のDXAによる局所筋量に対する筋力(筋力筋量比)は,健常高齢者より低いことが報告されている.しかし,糖尿病発症前および軽度の糖尿病の段階における関連についての報告は少ない.そこで,本研究では,糖尿病予防セミナーに参加した壮年者を対象に,上肢および下肢筋力筋量比と体格,
局所体
組成および糖尿病リスク因子との関連について調査を行った.
【方法】対象は,糖尿病予防セミナーに参加した壮年者60名(男性12名,女性48名),平均年齢58.5±4.9歳であった.体格および
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組成として,BMI,二重X線エネルギー吸収法(DXA)による上肢および下肢の脂肪量と除脂肪量,体幹脂肪量,体脂肪率を測定した.血液生化学検査では,中性脂肪,HDL-C,空腹時血糖,HbA1c,インスリンを測定し,HOMA-IRは空腹時血糖とインスリンの積を405で除して求めた.筋機能評価として,上肢筋力筋量比は,デジタル握力計(MG‐4010,日本メディックス社)を用いて左右の握力を2回測定し,これらの合計をDXAによる上肢除脂肪量で除して算出した.下肢筋力筋量比は,徒手筋力計(μTas F-1,アニマ社)を用いて左右の等尺性膝伸展力を2回測定し,これらの合計を下肢除脂肪量で除して算出した.なお,徒手筋力計による測定は,対象者を診察台に座らせ,歪みセンサーを取り付けたベルトを診療台の支柱に巻きつけて調整し,歪みセンサーを下腿遠位部にあて,股関節,膝関節90°屈曲位で等尺性膝伸展力を測定した.統計解析として,男女間における身体特性の比較は対応のないt検定,男女別の上肢および下肢筋力筋量比と体格,
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組成および血液生化学検査データとの関係はPearson積率相関分析を行い,さらにステップワイズ重回帰分析を行った.統計処理にはSPSS 12.0J for Windows(SPSS Ins)を用い,危険率5%未満をもって有意とした.
【説明と同意】本研究は島根大学医学部・医の倫理委員会において承認を得て,参加希望者に事前に書面にてセミナーの目的および内容を説明し,同意を得たうえで調査を行った.
【結果】上肢筋力筋量比は,男性ではBMI(r=-0.64,p<0.05)および下肢脂肪量(r=-0.69,p<0.05)と有意な相関があり,女性ではBMI(r=-0.32,p<0.05),上肢脂肪量(r=-0.29,p<0.05)および体幹脂肪量(r=-0.43,p<0.01)と相関があった.下肢筋力筋量比は,男性では体脂肪率(r=-0.64,p<0.05)のみと有意な相関があり,女性ではBMI(r=-0.46,p<0.01),上肢脂肪量(r=-0.35,p<0.05),下肢脂肪量(r=-0.36,p<0.05),体幹脂肪量(r=-0.40,p<0.01)および空腹時血糖(r=0.29,p<0.05)と相関があった.さらに,ステップワイズ重回帰分析において,上肢筋力筋量比は体幹脂肪量(β=-0.47,p<0.001)と有意な関連があり,下肢筋力筋量比は下肢脂肪量(β=-0.46,p<0.001)と関連があった.
【考察】本研究の結果,体幹脂肪量は上肢筋力筋量比,下肢脂肪量は下肢筋力筋量比の独立した決定因子であった.内臓脂肪は,アディポサイトカインを産生し,骨格筋内のインスリン抵抗性を高め,糖・脂質代謝異常を起こすことが指摘されている.一方,下肢脂肪量は,加齢に伴う身体活動量やエネルギー代謝の低下によって増加し,さらに骨格筋内の脂肪浸透によって筋組織の変化が起こり,筋力の低下が起きると考えられている.しかし,糖代謝能,インスリン抵抗性などの血液生化学検査の検査値は,上肢および下肢筋力筋量比の決定因子でなかった.先行研究では,糖尿病高齢者における筋力筋量比は,健常高齢者より低く,また発症後の経過年数が長くなると低くなることを示されている.糖尿病発症前および軽度の糖尿病の段階では,糖代謝能やインスリン抵抗性との関連は低いのかもしれない.筋力筋量比と体組成および糖尿病リスク因子との関係については,さらなる調査が必要である.
【理学療法学研究としての意義】肥満症やメタボリックシンドローム,糖尿病における筋の質的な低下の要因を調査することは,リハビリテーション対象となる動脈硬化性疾患の筋力低下の要因を理解し,その治療法を検討するうえで重要である.
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