本稿の課題は自治村落論における範域論争の意義の通史的検討である.上位権力との交渉によって力を蓄えた近世村を農協の受け皿の単位とする齋藤仁の自治村落論は,海外農村研究者によって応用される一方,多くの日本近代史家に批判された.彼らは,齋藤が初期農民運動の範域を近世村(「藩政村」)=大字=農業集落と定義したことに着目し,三者が統計的に一致しないとして,齋藤の自治村落論を覆そうとした(「範域論争」).先行研究を概観した結果,日本の農村社会では古代から近代まで行政単位も生産単位も分裂や統合を繰り返しており,近世村・大字・農業集落の関係は時代によって異なることが判明した.よって,範域論争は自治村落論の根幹を覆すような批判ではなく,論争の影響は部分的なものに限定されるといえる.
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