【目的】心疾患は日常生活動作(ADL)障害を惹起する疾患であり、壮年者に比べて高齢者のほうが障害の発生率が高いことが知られている。心疾患の既往のない地域在住高齢者を対象とした調査ではADL障害には骨格筋筋力やバランス機能などの運動機能の低下が関与していること,高齢心疾患患者は地域在住高齢者と比べて,骨格筋筋力やバランス機能が著しく低下していることを考え合わせると,高齢心疾患患者のADLは著しく低下している可能性がある.一方,ADLには基本的日常生活動作(BADL)と交通手段の利用や買い物を行う能力を示す
手段的日常生活動作
(IADL)があり,とくにBADLが自立していてもIADLの低下は身体活動の範囲や活動量に影響することから心疾患に対する疾患管理として重要な指標と考えらえるが,本邦では心疾患患者のIADLに関する報告が極めて少ないのが現状である.そこで本研究は,虚血性心疾患(IHD)の入院前と退院後1ヶ月のIADLの変化を調査するとともに,IADLに影響を与える因子を検討し,これらの結果を壮年者と高齢者で比較した.
【方法】入院期心臓リハビリテーション(心リハ)を終了した男性のIHD患者を壮年群(30例,55±7歳)と高齢群(36例,71±6歳)の2群に分類した.なお,入院前にBADLが自立していない者,および中枢神経疾患や骨関節疾患等の合併により歩行が自立していない者は対象から除外した.測定項目は,背景因子として年齢,body mass index,診断名,左室駆出率,脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)および在院日数,運動機能として握力,膝伸展筋力,バランス機能(Functional reach[FR]および姿勢安定度評価指標[IPS])および最大歩行速度,BADLとしてfunctional independence measureを用いた歩行自立度(歩行FIM),IADLとしてFrenchay activities index(FAI)を調査した.なお,IHD患者の運動機能は退院時に評価し,歩行FIMとFAIは入院前と退院後1カ月の状態について評価した.統計学的手法として,両群の背景因子,各運動機能,BADLおよびIADLの比較にはunpaired-t testを使用し,入院前と退院後における歩行FIMとFAIの比較にはpaired-t testを使用した.さらに,退院後IADLに影響を与える因子を調査する目的で,退院後FAI得点を従属変数,年齢,LVEF,BNP,在院日数,握力,膝伸展筋力,FR,IPSおよび最大歩行速度を独立変数とした重回帰分析を使用した.
【説明と同意】対象者に対して,本研究の意義ならびに運動機能測定に関する注意事項を十分説明し,同意を得た後に本研究を実施した.また,本研究の調査に対する参加の可否が治療内容に影響しないことを加えて説明した.
【結果】高齢群の背景因子である年齢およびBNPは壮年群と比べて有意に高値を示した(それぞれ,p<0.01,p<0.05).運動機能については,高齢群の握力,膝伸展筋力,FR,IPSおよび最大歩行速度は壮年群と比べて有意に低値を示した(それぞれ,p<0.01,p<0.05,p<0.05,p<0.01,p<0.01).さらに,ADLは入院前と退院後のそれぞれの時点において,歩行FIM得点とFAI得点は両群間に有意な差を認めなかった.一方,ADLの変化についてみると,歩行FIM得点は両群ともに入院前から退院後にかけて有意な変化を認めなかったのに対して,FAI得点は両群ともに入院前から退院後にかけて有意に低下した(それぞれ,p<0.05).さらに重回帰分析の結果,両群ともに退院後のFAI得点を規定する因子として最大歩行速度が有意な因子として抽出された(p<0.01).
【考察】壮年および高齢心疾患患者ともに,BADLについては入院前と退院後で変化を示さなかったのに対して,IADLは有意な低下を示した.BADLに変化がなかった理由としては,本研究における対象の採用基準を骨関節疾患および中枢神経疾患を有さない歩行自立群としたことが影響したと思われるが,逆に歩行が自立している心疾患でも壮年者および高齢者という年齢の因子に関係なくIADLは低下することが示された.さらに,壮年および高齢心疾患患者のIADLはともに最大歩行速度に強く影響を受けていたことから,歩行速度がADLという予後を決定する有用な指標となることが認められた.ただし,高齢心疾患患者の筋力およびバランス機能は壮年群と比べて著しく低下していたことから,高齢者に対しては単にアウトカム指標として歩行速度に注目するというよりも,歩行速度を規定している運動機能を特定して,その改善を目標とした具体的な治療プログラムを設定する必要性があると考えられた.
【理学療法学研究としての意義】心疾患に対する心リハの目標としてADLの向上があげられるが,とくにIADLに注目すべき点が示されたこと,さらにこのIADLには心疾患であっても運動機能が強く関与することが示されたことで,心疾患に対する理学療法の具体的な指針につながる.
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