1.リニア中央新幹線工事のこれまでの経緯
リニア中央新幹線計画は、東京の品川と名古屋、大阪とを結ぶ高速鉄道計画である。品川・名古屋間の開業は2027年、大阪までの全線開業は2045年を予定しているが、財政投融資を活用した長期借入により、名古屋開業後速やかに大阪への工事に着手して、最大8年前倒しの2037年に全線開通を目指している。工事は自然環境への影響が広範囲に及ぶ、近年まれにみる巨大開発行為であるため、環境影響評価書への環境大臣意見でも、工事によって相当な環境負荷が生じることが懸念されている。
特に南アルプスエリアは山岳地帯を長いトンネルで貫き、工事に伴う大量の発生土を山間部の谷沿いに仮置きすることが計画されている。南アルプスは山梨、長野、静岡の3県に跨る3000m級の山々が連なる日本有数の山岳地帯で、固有種を含む高山植物群落、オオバヤナギやドロノキなどによる渓畔林、世界分布南限に生息するライチョウなど、貴重な自然環境を有する。
2.静岡工区の現状
静岡工区は、JR東海と静岡県をはじめとした周辺自治体との間で工事着工の同意に至っていない。トンネル工事によって、これまで大井川に流入していた大量の地下水が他の流域へと流出し、大井川の流量が大幅に減少することで大井川流域の生活・産業面に影響を懸念されているが、JR東海は周辺自治体に対して懸念を払しょくする説明が出来ていない。
自然環境の面でも、トンネル工事の発生土約370万㎡を日本有数のヤナギ類の河畔林が広がる大井川本流と燕沢の合流地点に最大高約70mで置く計画であり、影響が懸念されている。またこの計画地直上の千枚岳(2879m)はこれまでに何度も大規模な崩壊を繰り返しており、再び深層崩壊が起きた場合、土石流や岩屑なだれが大井川本流に達し、大規模な土砂ダムができる恐れが指摘されている。
3.長野工区(大鹿村)の現状
一方で、長野工区と山梨工区では既にトンネル工事が進行している。長野工区の大鹿村では2017年7月に本格的なトンネル工事に着手しており、現在工事に伴う大量の発生土の仮置き場が不足している。そのため、村内で仮置き場を確保するために戸別交渉が行われており、要請を受け入れたか否かによっての村民間の分断が生じている。仮置き場は集落の隣接地を中心に、村内のいたるところにあり、川の近くの急傾斜地などにも存在することから、防災面でも非常に危険な状態になっている。
4.山梨工区(早川町)の現状
山梨工区の早川町はリニア中央新幹線工事全区間の中でも、2015年に一早く起工式が行われ、翌年10月に本格的な工事が開始された。早川町ではトンネル工事による発生土が、既に河川整備事業や道の駅建設事業用地などに有効利用されている。今後、発生土を活用して南アルプス市芦安地区への県道建設も計画されている。早川町は、数年前の大雪の際に町全体が孤立した経験から、町内道路の貫通が町民にとっての悲願となっており、リニア事業に伴う道路改良、道路建設への期待は大きい。
早川町でも大鹿村同様に、活用の決まっていない発生土の仮置き場が多く存在する。しかし、この仮置き場は住空間に影響が少ない集落の外れなど、大鹿村に比べると住空間への影響は限定的な場所にまとまって設定されている。一方で、発生土を活用した道の駅予定地は小さな扇状地の末端となっており、盛土が小さな扇状地上流からの土石流などとともに流出し、早川本流を堰き止め、下流部に被害をもたらす恐れもある。
5.南アルプスにおけるリニア中央新幹線工事の見通し
リニア中央新幹線は南アルプスの地域社会や自然環境に多大なる影響を与えながら工事が進行している。南アルプスはユネスコエコパーク(Biosphere reserve)に登録されており、中央新幹線の建設に際しては、国際的な視点において各地域での合意形成、より丁寧な環境配慮が必要である。
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