日本列島は有史以降、水田開発、耕作肥料や建材調達などのため、過剰な森林伐採がされ、江戸時代までに日本列島全体の約25%の森林が消失したとされる。さらに江戸時代には、森林の伐採を禁じる「留山」を定めるなど、森林保全のための規制を強化したが伐採可能な森林の大半は消失したとされる。明治以降はさらなる人口増加、戦争による木材需要が加速し、昭和初期には日本の森林の7割がハゲ山化したとされる。
戦後、国土緑化運動が開始され、また拡大造林政策がとられたが、木材として価値の無いブナなどは伐採され、スギなどの人工林に置き換わっていった。結果として、現在、自然林の残存率は、国土面積の20%以下であり、更に減少傾向にある。一方、里地の雑木林などは、縄文時代より持続的な利活用により維持されてきた生態系であるが、1970年代以降のエネルギー革命や過疎化などにより、宅地化や管理放棄が急速に進み、雑木林の生態系が大きく変化している。同様に半自然草原も減少している。
森林の直接的な利用以外のいわゆる開発も戦後に進んだ。代表的なものは、尾瀬の水力開発計画、黒部川第四発電所などの大規模な電源開発計画である。さらには山岳観光道路やスーパー林道などの大規模林道が計画され、冷温帯域のブナ林や亜高山性針葉樹林などが大規模に伐採されることとなった。また、山間部ではスキー場やゴルフ場の開発が進み、郊外の里山地域では大規模な宅地造成などが進んだ結果、身近な動植物の減少が進んだ。
このような大規模開発による環境影響の軽減や公害防止等のため、環境アセスが実施されるようになった。公共事業に対して、1984年に要綱アセス制度を定めた閣議決定がされ、その後、1997年に環境影響評価法に基づくいわゆる法アセスが開始した。また各自治体でも独自に条例などに基づく条例アセスが実施されている。
過去40年間の環境アセス対象事業の事業種別件数の経年変化を、環境省の環境影響評価情報支援ネットワークおよび各都道府県の環境アセスの関連ホームページから、明らかにした。その結果、最終段階の評価書の発行件数は、1990年代には毎年100件を超えていたが、2000年代以降は、毎年50件ほどに減少していた。アセス対象事業種としては、2000年以前はゴルフ場や道路、住宅造成などが多く、総数の半数ほどを占めていた。特に、ゴルフ場は1990年代には、年間60件を超える年もあった。また、2020年頃から対象事業として太陽光発電所、風力発電所が多くなっています。
一方で、環境影響評価法成立後の2000年以降の法アセス事業の開始件数は、2012年以降に急増しており、2020年には100件を超えていた。その大半は風力発電所事業であり、特に陸上風力発電所事業が急増していた。これら陸上風力発電所のアセス手続きは、通常、手続き開始から数年後に、手続き最後の評価書の発行がされ、数年後には評価書の発行が急増することが予想される。この件数は1990年代のゴルフ場建設事業件数に匹敵するほどである。つまり、今後、国内の自然環境に対し最も懸念が大きい事業種は、陸上風力発電所の設置事業であるといえる。
近年はこのような太陽光発電や風力発電事業などの再生可能エネルギー導入による植生への影響が懸念される。特に、陸上風力発電事業は、2016年頃までは平坦地や人工林および二次林での計画が多かったが、2017年以降、自然林や自然草原を広範囲で改変する計画が急増している。特に対象となっているのは、北海道や東北地方のチシマザサ-ブナ群団、エゾイタヤ-シナノキ群落などの冷温帯林であり、2020年以降はこれらの植生に加えて、九州地方や近畿地方などの照葉樹林で増加傾向にあった。また環境省指定の特定植物群落を含む計画も増加している。このような場所の多くは、既存の林道が無い場合が多く、大型の風車の搬入などのために広範囲の伐採などを行う必要があるため、広範囲の植生への影響が今後懸念される。
開発などによる自然の劣化は、国内だけでなく国際的にも深刻な問題である。そのようなことから、2022年12月の生物多様性条約第16回締約国会議(CBD-COP16)で、新たな国際目標として2030年までに自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させる「ネイチャーポジティブ」が示され、その実現目標の一つとして2030年までに、陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする「30by30」が国際的な目標となった。
植物とその場の環境を総合的に研究することに長けている植物地理学は、地域固有の生態系を総合的に評価することが可能である。そのようなことから、この国際的な目標への貢献の余地は十分にあるのではないかと考えられる。
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