中国山地においてかつて盛んに行なわれていた鉄穴流しは,各地に大規模な地形改変を引き起こした.本稿では,鉄穴流しが,斐伊川流域の自然環境変遷の中で,どのような役割を果たしたかを明らかにするため,地形的な特徴から鉄穴流し跡地の分布を確定し,その面積および廃砂量について検討した.鉄穴流し跡地はその形態から,稼行当時の状態を残すものと,水田や畑地などに改変されたものとに大別される.前者は,切羽跡の高い崖や,掘削から取り残された鉄穴残丘と呼ばれる高まり,および巨円礫などの存在から容易に識別され,後者も棚田や段々畑の中に残存する特異な急崖や鉄穴残丘の組合せによって,自然崩壊地形やほかの人工改変地形との識別が可能である.鉄穴流し跡地は斐伊川上流域に多く分布する.とくに山麓斜面と山頂緩斜面からなる地域に集中し,それらは花崗閃緑岩ないし閃緑岩の分布地域ともよく一致する.鉄穴流し跡地の総面積は3.5×10
7rn
2に及び,このうち27%が斐伊川本流の上流地域にある.流域の総廃砂量は地形単位別の採掘土厚を手がかりとして, 1.5×10
8~2.2×10
8m
3と見積られた.これは古文書等の記録から算定された値とも近く,斐伊川流域では近世初頭以来,人為による大規模な地形改変が行なわれたことが明らかとなった.
抄録全体を表示