国土の7割が山地に占められ、古くから稲作を中心とする農業が営まれてきた韓国には、全国にわたって棚田が分布している。その中でもっとも棚田が卓越する地域は、韓国南部地方の代表的な山村地域である
智異山
一帯である。本発表では、韓国の
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地における棚田の現状を、造成過程とその特徴、灌漑体系や利用実態などを中心に紹介したい。
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地は、海抜1,500m級の峰々が連なり、韓半島の南部では最も高く、一帯の面積が700㎢を上回る大きな山塊を成している。主稜線を中心に南と北に延びている支脈の間には緩やかな傾斜をもつ約20ヵ所の谷が形成されており、古くから人々の生活空間として利用されてきた。気候的には高度によって気温の変化が激しく、日較差も大きい。年平均降水量は1,500mm前後と、韓国の代表的な多雨地帯である。一方、
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地の植生はクヌギなどのブナ林が主であり、農業には好条件である。
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地における棚田の造成は17世紀から本格的に始まった。
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地の棚田は初めから水田で開墾したケースよりも、焼畑から畑に、さらに畑から水田といった過程を経て、開発されたケースが多かった。このように17世紀に入って、棚田の造成が本格化された要因としては、戦争、飢饉、伝染病などを避けるために多くの人々が移住し、地域人口が急に増えたことや、移住民の大部分が稲作地帯の農民出身であったこと、その当時の最も価値が高い商品が米であったこと、韓国人にとって米は単純な食糧または商品以上の意味をもつことなどが重要である。 棚田の造成過程は、まず立地の選定から始まった。立地選定に当たっては、第一の条件である水をはじめ、傾斜度、植生、日照、農家との距離などが考慮された。一方、造成作業は植生の除去→傾斜地の切開→石で畦畔を築く→表土を敷く→田面の平坦化→水路造成の順に行われる。
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地の棚田の特徴を見ると、畦畔はすべて自然石で作られており、その高さは原地形の傾斜によって差異があるものの、およそ1_-_2m前後である。1区画当たりの面積がとても小さく、過去には1区画が1坪にも満たないことも多かった。また、元の土壌の中では石が多く、表土の土被りが薄いため、排水には良好である。そのほか、農道が不備であること、通作距離が遠いことなど、棚田で見られる一般的な特徴も併せ持っている。
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地の棚田は、そのほとんどが渓流灌漑に頼っている。棚田の近くに流れる渓流水を堰(韓国では洑という)でせき止め、水路を通じて引水する。堰ごとに水利組織が形成され、その規模は堰の大きさと灌漑範囲によって一家族単位から村単位までさまざまである。山地の渓流水は、水量が豊富であるが、水温が低いため、冷害の原因になる。
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地では、冷害を防ぐために止水灌漑法や、様々な漏水防止対策、そして迂回水路などを用いられてきた。 1970年代以降、
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地の棚田は圃場の拡張と整理、農道の整備、農機械の導入などにより、生産性がかなり向上したが、一方では耕作放棄地も拡大した。このような状況の原因は、韓国全体の問題と
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地のみの問題とに分けて見ることができよう。全体の問題としては、稲作の競争力の弱化、工業化‧都市化による急速な山村人口の減少などがある。一方
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地は、1967年に韓国最初の国立公園に指定され、山林の厳しい保護によって有害鳥獣虫の増加、日照時間の減少により、農業環境のさらなる悪化が進んでいる。 しかし現在に至るまで、韓国では棚田の保存についての関心は低いと言わざるを得ない。棚田の多面的な機能を考えると、韓国でもこれから棚田の保存に関する活発な議論が求められる。
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