1.はじめに
山梨県甲府盆地の西部、釜無川と御勅使川(みだいがわ)の合流部付近には信玄堤という名で総称される治水施設群が存在している。これらは16世紀に
武田信玄
が行った大規模治水事業により造り出されたと言われている。その全貌は御勅使川の流路そのものを改変してしまうという画期的なものだった。信玄堤に関する歴史的な研究は数多くなされており、それらによると各治水施設は別々の時代に築かれたという結論が多い。他方、水理的な研究はほとんどなされていない。そこで本研究では、dynamic wave modelによる洪水氾濫シミュレーションを行い、信玄堤の各治水施設について治水能力の評価を行い、信玄堤について考察した。
2.研究手法とデータ
対象とするのは、山梨県甲府盆地西部の釜無川と御勅使川の合流部付近南北約13km×東西約10kmの地域である(図1)。この地域の基盤数値情報10mメッシュ(標高)を10回スムージング処理を繰り返し、仮想的な御勅使川扇状地を作った。さらに国土数値情報土地利用細分メッシュからManningの粗度係数を求め、地形データを作成した。この地形データにオルソ化空中写真などから抽出した各治水施設をバリエーションを持たせて設置した(図1)。
これらに対してdynamic wave modelによる洪水氾濫シミュレーションを行った。このモデルは1地点からの水の流入しかできないため、本研究は御勅使川の変化にのみ注目した。流量は国土交通省堀切観測所の2006年7月18日の0時~24時のデータを用いた。この日は平成18年7月豪雨の真っ直中であり、大幅な日変化が見られた日である。
3.結果と考察
本研究では、各治水施設の機能が明らかになった。図1は、全ての治水施設を追加した場合の実験開始24時間後のシミュレーション結果をまとめたものである。石積出で流れは北東へ向けられ、白根将棋頭で流れはさらに北東へと向けられる。堀切で流れは収束し、高岩にぶつかって、竜王川除へと至り、釜無川の現流路へと流れていく。これはほぼ現在と変わらない流れである。本研究では、この他に上流から順々に治水施設を追加していった。それぞれの結果と比較し、特に石積出と白根将棋頭がない場合は御勅使川の現流路に本流が向かわないことがわかった。全ての結果を総合すると、石積出→白根将棋頭→堀切→高岩→竜王川除というルートが確立されなければ、信玄堤は有効な能力を発揮できないという結論に至った。
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