【目的】
脊髄損傷者における起立性低血圧(以下OH)の発生頻度は高く,これは社会復帰までの道のりの中でリハ治療初期に克服しなければならない症状である.このような循環調節機能の障害によって生じるOHを予防するために,
腹帯
や下肢緊迫帯などが用いられており,その有用性が述べられている.
OHに対する
腹帯
の効果に関する報告は多数存在するが,その適正圧に関しては明確にされていない.そこで本研究の目的は,健常者と頚損者を対象に起立負荷試験を行い,OH予防に適切な
腹帯
圧を検討することである.
【方法】
対象者は,若年健常男性6名(年齢;21.3±1.0歳,身長;171.3±4.5cm,体重;64.9±7.6kg),C6頚髄損傷男性2名(年齢;29.5±7.8歳,身長;172.4±4.2cm,体重;50.9±2.2kg,Frankel分類;A)とした.被験者の腹部に非伸縮性腰椎軟性コルセットと水銀血圧計マンシェットを装着し,水銀柱の変化を
腹帯
圧の指標とした.
腹帯
圧は加圧なし,20mmHg,40mmHg,60mmHgとし,それらをランダムに設定した.手順は,ティルトテーブル上背臥位で十分な安静の後,安静5分,起立10分,安静5分の起立負荷試験を行った.全期間を通じて平均血圧(MBP),心拍出量(CO),一回拍出量(SV),心拍数(HR)を1分毎に連続的に測定した.起立負荷は手動で瞬時に60°まで設定した.併せて,Borg’s Scaleを用いて
腹帯
の主観的装着感を聴取した.
【説明と同意】
本研究を行うに当り,全ての被験者には実験の目的,方法,実施上の危険性を文書と口頭により十分に説明し,同意を得た上で測定を行った.なお,本研究は星城大学倫理委員会の審査のもとに実施した.
【結果】
健常者ではMBPは,安静時と比較して起立後3分までに有意な低下を認めた(p<0.05).しかし,
腹帯
圧の相違による一定の傾向は見られなかった.COは,安静時と比較して
腹帯
圧の有無,強弱による相違は認められず,各条件で安静時の値が維持されていた.SVは,安静時と比較して起立1分後以降有意な低下を認めた(p<0.05).安静時と比較し,
腹帯
加圧なしが最も低値を示した.
腹帯
圧40mmHgで起立後3分,5分,6分,10分に認められたSVの低下は,
腹帯
加圧なしと比較して有意な差が認められた(p<0.05).HRは,SVの低下が大きい順に上昇したが,安静時と比較して起立後1分から7分の間に,
腹帯
圧40mmHgでのみ有意な上昇を認めなかった.
腹帯
の主観的装着感を表すBorg’s Scaleは,
腹帯
圧の増加に伴い,不快感が増加する傾向を認めたが,
腹帯
圧20mmHgと40mmHgでは同程度であり,
腹帯
圧60mmHgでは著明であった.
頚損者では
腹帯
加圧なしでのMBPとSVは,起立直後から急激に低下し,その後も低値を示し続けた.特に,1名の頚損者の血圧は起立後7分以降測定できず,10分間の起立負荷に耐える事ができなかった.しかし,
腹帯
装着によってMBPとSVの起立時の急激な低下は抑制され,2名とも10分間の起立負荷に耐える事が可能となった.
【考察】
健常者では重力負荷に対して血圧を一定に維持しようとする調節系が働くため,OHは起こさない.健常者のMBPにおいて,安静時と比較して起立3分までに有意な低下を示したが,
腹帯
圧の強弱による一定の傾向は見られなかった.健常者では血圧の調節に総末梢血管抵抗が大きな影響を与えるが,今回はその影響を測定できていないため,
腹帯
圧の相違が与える影響をMBPの変化から説明することは困難である.COは,SVとHRの積で求められる.健常者では重力負荷に対するSVの低下をHRで補正するため,結果としてCOは維持される.今回の結果からも
腹帯
圧の強弱によるCOの変化には一定の傾向を示さなかった.一方,起立負荷に対するSVの結果より,
腹帯加圧なしに比べ腹帯
圧40mmHgでは起立負荷に伴うSVの低下が有意に抑制されていることが明らかになった.また,起立負荷に対するHRの変化も,
腹帯
圧40mmHgでのみ有意な変化を示さなかった.SVの低下は即時的に圧受容器反射を引き起こし,HRを増加させることでCOを維持する.これらは,腹部臓器への血液貯留を軽減させ,起立時循環血液量低下を軽減させるという
腹帯の効果が腹帯
圧40mmHgで最大となる事を示唆している.また,
腹帯
圧40mmHgの装着感は,
腹帯
圧20mmHgと同程度の主観的装着感であった.
腹帯
圧40mmHgであれば,被験者に不快感を与えることなく装着可能と判断できる.
【理学療法学研究としての意義】
OHに対する
腹帯
の適正圧について検討した.健常者の結果から
腹帯
圧40mmHgではその他の3群に比べ起立に伴う静脈環流量の低下を抑え,CO維持のためのHR増加を抑えることができた.よって,
腹帯
圧40mmHgが最もOH予防に最も適した圧であると考える.また,2名の頚損者の結果から
腹帯
装着により起立時血圧低下を防ぐことが出来ることが確認された.
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