はじめに
山地の土砂は斜面での落石や小規模な崩壊により移動を始め,徐々に谷に集まり,最終的に土石流により流出する.この過程で渓流に蓄えられる土砂は渓床堆積物と呼ばれ,その供給速度は土石流の頻度を規制すると考えられている.花崗岩斜面での土石流の発生頻度は数十年~数百年スケールとされ,これに近い時間スケールでの渓床への土砂供給速度の評価が求められる.しかし,山林における土砂移動の観測によく使われる土砂トラップを広範囲に長期間設置することは,設置と土砂の回収に大きな労力が必要になるため困難である.落石の評価にはほかに野外実験,巡視による目録の集計,樹木の年輪分析,室内実験やシミュレーションなどの手法が用いられてきたが,いずれも渓流への土砂供給量を求めるには難点がある.そこで,本研究では使われなくなった道路や廃線跡を,上部斜面に対する土砂トラップとみなす手法を提案する.近年UAV-LiDAR(無人航空機によるレーザ測量)の普及が進み,地形学の研究のために必要な範囲の高解像度なDEM(数値標高モデル)が得られるようになりつつある.この手法は先に普及した写真測量では捉えにくい森林の地表も測定が可能である.以上のような背景から,本研究では廃道・廃線跡の地表面を土砂トラップとみなし,UAV-LiDARで堆積土砂を計測することで,山地斜面における数十年スケールでの土砂移動の空間分布を評価することを目指す.
方法
愛知県東部から静岡県西部にかけての領家花崗岩類の山地内の,31~55年前に放棄された廃道2区間(静岡県道288号線,以下佐久間および国道419号線,以下小原)と廃線跡1区間(
豊橋鉄道田口線
,以下,設楽)を対象とした.地質・気象条件はおおむね同じだが,小原,設楽,佐久間の順に平均傾斜が大きくなっている.各調査地で2022年12月上旬に,UAV- LiDAR(DJI Matrice 300 RTK+Zenmuse L1)によるレーザ測量を行った.対地高度80 m,サイドラップ70%の条件で廃路面とその上部の斜面を測定し,22~215 pts/m
2の地上点密度をもつ点群を取得した.計測と併せて現地調査を実施し,GIS上での判読と現地の堆積物の特徴を整合させた.傾斜量図と道路現役時代の平面図の判読から,各調査地で路盤の範囲を設定した.廃路面を約50 m間隔で尾根を目安に区切り,対応する集水域を地形解析のための寄与領域とした.小原では26,設楽では15,佐久間では127の寄与領域を設定し,それぞれの平均傾斜と比集水域(出口幅あたりの集水面積)を求めた.路内の点群から各調査地の本来の路面を推定し,現在の地表面との差分から堆積分布を求めた.GIS上の判読と現地調査から堆積形状を分類した.また,各区間の堆積量と年間の土砂流入量を算出し,寄与領域の地形量と対比した.
結果と考察
現地はいずれも花崗岩で,佐久間,設楽,小原の順に風化が進んでいた.堆積土砂は小原ではマサが中心で,設楽では巨礫が混じり,佐久間では礫が中心の箇所が多かった.小原は堆積土砂のない区間が多く,設楽では堆積のある地点が増え,佐久間では大半の区間に土砂が堆積していた.路面に堆積した土砂の量を,路線廃止からの経過年数とその区間の長さで割ると,斜面幅あたりの年間土砂流入量が求まる.水の関与が少ないとみられる地点では,比集水域が大きくなるほど,土砂流入量の最大値が大きくなる傾向が見られた.一方で寄与領域の平均傾斜に対しては,特に傾斜が大きな地点で土砂の流入が少なく見積もられた.落石は斜面の傾斜角に応じて運動様式を変え,極端に傾斜が大きい場合は跳動が中心になる.廃道はこうした大きなエネルギーをもった粒子を止められなかったり,飛び越えられたりしてしまう場合があるため,廃道を用いた手法では,特に急傾斜な地点で土砂供給が過小評価されている可能性がある.それでも,他の方法での観測が困難な数十年単位での土砂供給の最低値が判明する意義は大きい.土砂が積み重なっているか,堆積物に侵食痕があるかなどに基づき,堆積形状を分類すると,比集水域や寄与領域の平均傾斜が大きい地点ほど土砂の流入が激しいことを読み取れる(図1).侵食痕は比集水域の大きな地点でのみ観察された.斜面で発生した落石が次第に集積し,最終的に土石流など水の関与する現象で流出していく各過程を,廃道を土砂トラップに見立てることで追跡できた.
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