近年、都市の樹木保全の重要性が認識され、法律・条例に基づく緑地や樹木の保全制度が整備されてきたが、都市の道路沿いには、道路整備や区画整理によって、沿道の土地からはみ出した樹木(
路傍樹
)が多く存在する。
路傍樹
の研究はわずかであり、大阪市を事例として、
路傍樹
の多くが神木として祀られ、史跡となっている事が報告されている。このように、
路傍樹
には、巨木や歴史的由緒あるもの、地域のシンボルとなっているものなどが含まれ、歴史性を伝える面から保全が重要だと言える。しかし、札幌市では、放置されてきた
路傍樹
が巨木となり、交通障害や倒木の危険性から問題となっていた。そのような中で、1995年に
路傍樹
のうち巨木を「シンボル樹木」に指定し、保全する方針を決定した。そこで、本研究では、指定後7年を経た「シンボル樹木」の現況と住民の管理への関わりを踏まえて、この制度の課題を明らかにし、都市の巨木の保全・管理に関し、行政と住民のあり方を考察する事を目的とする。調査地は、札幌市の中でも「シンボル樹木」の本数が最も多い中央区とした。札幌市緑化推進部、中央区土木部、樹木医などに聞き取りを行うと共に、札幌市「シンボル樹木台帳」に基づき現地踏査を行い、制度の内容と樹木の現況を把握した。また、隣接住民への聞き取りによって、住民の管理への関わりや保全の意向などを明らかにした。現地踏査から、中央区の「シンボル樹木」は、2002年10月の時点で170本存在しており、樹齢の高い巨木が民家や民間ビル、行政施設や公園の周囲に多く存在していた。「シンボル樹木」は、老朽化による倒木の危険性から、樹木医の診断を基に管理が行われ、札幌市は「危険木」は伐採する方針でいる事が分った。民家19戸の周辺に生育する43本中、17本に関して13戸に聞き取り調査を行った。民家の周囲の「シンボル樹木」は、庭木であったことが推測される。住民が管理に関わったことがあると予想し、管理者と所有者に関して、住民の認識を伺った。その結果、自ら管理を行っている住民は、「シンボル樹木」を所有している認識でいることが分った。また、居住年が長い住民の方が、管理に関わっており、保全の意向に関しても積極的な態度を示していた。そこで、民家13戸の傾向を3つに分類し、自ら管理を行っている民家5戸を__丸1__積極型、札幌市が管理を行っており、管理に関わっていない民家5戸を__丸2__消極型、管理は行っていないが保全に積極的な民家3戸を__丸3__中庸型とした。__丸1__では、「シンボル樹木」に対して愛着を持つ人物が、管理を行い、保全に貢献してきたことが特徴であるが、世代交代によって、管理者が亡くなり、管理に手が行き届かなくなるという懸念がある。__丸2__では、枝や落ち葉を邪魔に思っており、樹木に対して愛着を持っていない住民が多い。__丸3__では、住民が落ち葉やゴミの投棄に悩まされながらも、ある程度「シンボル樹木」に対して親しみを持っており、住民の生活の一部として樹木が受けいれられてきたといえる。札幌市では、「危険木」を伐採する方針だが、その決定がなされた際に、特に__丸1__の住民と行政の意見が対立し、問題が生じる可能性が高いと言える。制度の課題として、次の3点が挙げられる。第一に、この制度の内容が住民に伝わっていない。伐採に関して住民との対立が生じた場合を想定し、所有や伐採方針を住民に伝え、事前に住民と行政の対話をすることが望ましい。第二に、伐採決定が樹木医による診断評価に一存し、住民の意見が反映される場がない。伐採が決定した後、愛着を持って管理を行っている住民の感情を、行政がどのように汲み取っていくのかを、住民との議論の場を設けて、検討する必要がある。第三に、現行制度下では、新たに生じた
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が「シンボル樹木」として認知されることはない。「シンボル樹木」と他の
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の違いは、樹木医による診断対象となるか否か、に過ぎず、管理責任の所在を示しただけの制度と捉える事ができる。総じて、「シンボル樹木」の管理に関して、住民と行政の対話の少なさが目立つ。都市緑化の観点から見ると、
路傍樹
を保全する制度としては、「シンボル樹木」は不十分であるといえる。「シンボル樹木」を都市緑化対策として、地域に根差した制度に位置づけるためには、住民と行政の対話を進める事が最も重要だといえる。
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