樹木(植物)は葉と枝からなるモジュールの集合体であり,分枝の繰り返しによって成長する.モジュールは植物が物質生産を行うために必要な機能である,葉群維持,空間拡張などを有し,その形態は樹冠内での相対的な位置によって変異する.葉の水分特性は,葉におけるガス交換速度を律速する因子の一つであり,内・外的な水分環境に対する個体や枝の順応の指標ともなる.シュートモジュールの形態と機能の特性は密接に関連し,樹木個体の発達や森林群落の動態などを把握する上で重要な因子となる.シュートモジュールの生理生態学的特性は主として落葉広葉樹種について明確にされているものの,暖温帯林の主要な構成樹種である常緑広葉樹種については未だ不明瞭な点が多い.本研究では,暖温帯林で林冠構成種となる常緑広葉樹種を対象とし,陽樹冠,
陰樹
冠毎に当年生シュートの形態的特徴および葉の水分特性を調査し,それらの関係について検討した. 熊本県上益城郡甲佐町の熊本県林業研究指導所舞の原試験林,及び九州大学農学部構内貝塚圃場で材料を採取した.ブナ科コナラ属のアラカシ(Quercus glauca),シラカシ(Quercus myrsinaefolia),ウラジロガシ(Quercus salicina),イチイガシ(Quercus gilva),ウバメガシ(Quercus phylliraeoides),ブナ科シイ属のコジイ(Castanopis cuspidata),スダジイ(Castanopis cuspidata var. sieboldii),ブナ科マテバシイ属のシリブカガシ(Pasania glabra),マテバシイ(Pasania edulis),及びクスノキ科タブノキ属のタブノキ(Machilus thunbergii)の計10樹種を対象樹種とした.舞の原試験林においてブナ科9樹種の枝を,九州大学農学構内貝塚圃場においてタブノキの枝を採取した.舞の原試験林においては,各樹種は2 m間隔で北東から南西方向に列状に植栽されており,林冠は閉鎖していた.タブノキは,南北方向に列状に植栽された試験林の林縁部にあった. それぞれの種について1本の供試木を選定し,樹高と胸高直径を測定した後,陽樹冠及び
陰樹
冠の枝をそれぞれ2_から_5本程度採取し,すぐに水切りを行い,九州大学構内の実験室に持ち帰った.また,
陰樹
冠の相対光強度をデジタル全天画像より推定した.採取した枝は芽鱗痕によってシュートモジュールに分割した際に,年輪から枝齢を確認し,シュートモジュールごとの長さ,基部断面積,葉面積や絶乾重量などの形態的因子を測定した.これと並行し,プレッシャーチャンバーを使用して当年生葉のP-V曲線の作成を行い,葉の水分特性を算出した.サンプルシュートの枝長は8_から_28cmの範囲にあり,マテバシイの陽樹冠シュートが最も長く,タブノキの
陰樹
冠シュートが最も短かった.スダジイのみが陽樹冠よりも
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冠のシュートが長かった.基部直径は0.12_から_0.47 cmの範囲にあり,マテバシイの陽樹冠シュートが最も太く,コジイの
陰樹
冠シュートが最も細かった.イチイガシのみが基部直径に陽樹冠と
陰樹
冠との差が認められなかったが,すべての樹種で
陰樹
冠の直径は小さかった.SSLは22_から_120cm g-1の範囲にあり,コジイの
陰樹
冠で最大,マテバシイの陽樹冠で最小だった.シラカシ,ウラジロガシおよびマテバシイで種内間差が認められなかったが,
陰樹
冠の方が大きくなる傾向にあった.SSLのような,比で表したシュートの形態因子は,SLAと同様に葉の水分特性と密接に関係しており,光環境によるシュートの形態変異と生理的特性とは密接に関係していることが示唆され,さらに詳細な種間差についての解析が望まれる.
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