エナメル芽細胞におけるゴルジ装置・小胞体・水解小体(GERL)系は, 基質の分泌, 電解質の運搬, 調整および膜回収機能に密接に関連する細胞内小器官であり, 基質成熟期には周期性の形態変化が報告されている. 一方, 象牙芽細胞では分泌機能, 象牙基質の形成, 基質小胞の発芽(微
離出分泌
)による一次石灰化およびコラーゲン線維の二次石灰化, また, 糖・蛋白複合体の吸収および添加などが検討されている. しかし, 象牙芽細胞の機能に関係する細胞内小器官の立体構造についての研究はほとんどみられない. 本研究はラットを用いて, 臓器などの軟組織系の細胞内観察に用いられている AODO法(aldehyde 灌流固定: OsO_4後固定; DMSO凍結割断; OsO_4浸軟処理)を参考に, 硬組織によって包まれ, 固定液の浸透が悪い下顎切歯の歯髄組織に導入して, 象牙芽細胞の細胞内小器官を走査電子顕微鏡によって観察し, 透過電子顕微鏡所見と比較した. また, 異なった分化段階の細胞内小器官の形態的変化について検索し, 以下の観察結果を得た: 1.象牙質基質の付加と石灰化期における幼弱(機能)期象牙芽細胞の横断面では層板状に発達した粗面小胞体が同心円状を呈し, 層板状構造の間には肥大した自由端をもつ程状の糸粒体がみられた. 縦断面では, 粗面小胞体の層板を連結する分岐構造が観察された. 細胞の遠位部には, 細胞膜に接近して, 大型の水解小体, 桿状の糸粒体および直径100〜200nmの分泌顆粒ならびに線維構造を呈する特殊顆粒が認められた. また, 細胞突起部には, 大, 小の滑面管状構造物からなる念珠状の膜性小管状構造(tubulo-vesicular elements)が分布していた. さらに, 象牙質基質の石灰化期おける象牙芽細胞の遠位部には, 基質小胞様構造物の開口分泌(exocytosis)がみられた. 象牙基質の線維成分は複雑な網状構造を呈し基質にほぼ平行して走行する細い側突起と直径約200〜700nmの顆粒が認められた. 2.老年(休止)期象牙芽細胞の粗面小胞体は網状構造に移行し, 細胞の遠位部には, 長径約1μmの楕円形の糸粒体がみられた. また, 水解小体, 多胞体およびミエリン状膜構造のサイトセグレゾーム(cytosegresome)の増加傾向が特徴的であった. 象牙芽細胞突起には tubulo-vesictllar elements, 象牙基質部と象牙芽細胞突起の基底部には顆粒状の基質小胆様構造物の分布がみられた. 以上の結果から, 次の結論を得た. 1)三次元的検索結果によって, 糸粒体と小胞体など細胞内小器官の形態は, 象牙芽細胞の周期性機能変化と関連していた. 2)象牙質基質の分泌はおもに漏出分泌とされており, 基質小胞の微
離出分泌
は象牙質の初期石灰化のみにみられる現象といわれていた. しかし, 本研究は象牙質の付加と石灰化期における象牙芽細胞の遠位部にも, 細胞膜に接近して膜性構造物の分布がみられた. これらの顆粒の形状と分布位置から, 象牙質形成期にも基質小胞様構造物の開口分泌が推察される. 3)膜回収機能は, 象牙芽細胞の移動における形態変化と密接な関係があるとされているが, GERL系は象牙質の添加と再吸収の調整機構, 膜回収機能および基質小胞様物質の分泌と密接に関係することが明らかになった.
抄録全体を表示