宇宙核時計とは,放射性同位体の親核と娘核の数の比から,親核が宇宙で生成された年代や,隕石等が形成された年代など,宇宙的な年代を測定する手段である.特に10^5年から10^8年の半減期を有する放射性同位体(消滅核種)は,その放射性同位体を生成した天体現象(例えば,超新星爆発)から太陽系形成時までの時間(Δ)を評価する宇宙核時計として用いることができる.^<129>Iや^<107>Pdなどは急速な中性子捕獲反応過程(
r
過程
)の宇宙核時計として知られ,
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過程
からのΔが評価されている.しかし,現在では
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過程
の天体環境について再考が必要となり,
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過程
の消滅核種は宇宙核時計として機能しなくなってしまったため,新しい種類の宇宙核時計が求められている.そのような候補の一つがニオブ92(^<92>Nb)である.^<92>Nbは約3.47×10^7年の半減期で^<92>Zrにβ崩壊する放射性同位体である.^<92>Nbは現在の太陽系には存在しないが,様々な種類の隕石の研究によって,太陽系形成時に^<92>Nb/^<93>Nb〜10^<-5>に相当する^<92>Nbが存在していたことがわかってきた.しかし,^<92>Nbを宇宙核時計として用いるには2つの大きな問題があった.まず,太陽系形成時の値として,^<92>Nb/^<93>Nb〜10^<-5>以外にも,^<92>Nb/^<93>Nb〜10^<-3>の値が報告されている.実に2桁の開きがある.もう一つのより深刻な問題は,^<92>Nbを生成した元素合成過程(つまり,^<92>Nbを生成した核反応およびその反応が発生した天体現象)が不明な点であった.これまで,^<92>Nbの天体起源として,超新星爆発における光核反応や爆発的な核融合反応(α-rich freeze-out)などの仮説が提案されたが,これらの理論計算では^<92>Nb/^<93>Nb〜10^<-3>-10^<-5>の値を再現できなかった.このような状況において,著者らは超新星爆発のニュートリノによって外層に存在していた^<92>Zrから^<92>Nbが生成されたとの仮説(ニュートリノ過程)を提唱した.ニュートリノ過程では,原始中性子星から放出されたニュートリノによる核反応によって希少同位体が生成されるというモデルであり,希少な核種の^<138>Laと^<180>Taの太陽組成を系統的に説明できる唯一のものでもある.^<92>Nbのニュートリノ過程による生成仮説を検証するため,まず原子核構造を考慮して^<92>Nb生成に関係したニュートリノ-原子核反応率を求め,得られた反応断面積を組み込んだ超新星爆発モデルによって^<92>Nbの生成量を計算した.さらに,太陽系誕生の直前に発生した超新星爆発の生成物の原始太陽系に対する混ざり込みをLate Inputモデルを用いて計算した.その結果,^<92>Nbを生成した超新星爆発から太陽系形成までの時間が100万年から3,000万年とすると,^<92>Nb/^<93>Nb=10^<-5>の値が説明できることが判明した.現在,ニュートリノ過程が太陽系生成時の^<92>Nbの量を定量的に説明できる唯一のモデルである.同時に太陽系誕生直前に膨大なニュートリノを放出する重力崩壊型超新星爆発が発生したことを示唆する.現時点では,評価した年代の幅が大きいが,将来隕石研究の進展によって,より精密な太陽系形成時の^<92>Nb/^<93>Nbの値が得られたら,より精密に超新星爆発が発生した年代を決めることができると期待される.
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