1.背景
日本の卸売市場制度は,公正・公平で効率的な取引を実現するために1923年に設立された.以来,卸売市場には,安定した食料供給のための公的役割が期待され,それゆえに法律で取引内容が規制されるとともに,多くの公設市場に公的な資金が投入されてきた.2020年6月,卸売市場法の改正により,卸売市場取引における商物一致,直荷引き禁止,第三者販売禁止などの原則が撤廃され,卸売市場流通の自由化が大きく進んだ.卸売市場の企業化や民営化が進めば,事業の効率化や収益性が公共性よりも優先されるようになる可能性がある.このような社会的背景のもとで,卸売市場に求められる公共性はどのように発揮されるのか,その実態を明らかにすることは,今後の卸売市場流通の在り方を検討する上で重要な課題である.本報告では,公設卸売市場の運営事例を通して,卸売市場の公共性や今後の展開を官民の協働の可能性といった視点から議論する.
2.産地と小売業者の大型化による市場外流通の拡大と卸売市場の機能変化
卸売市場は,戦前から高度経済成長期頃までは,零細な生産者と小規模多数の小売業者を仲介する者として位置づけられていた.高度経済成長期頃以降は,国による産地形成政策や農協による出荷の組織化を通じて産地の大型化が進み,さらに,小売り側では,小規模な専門小売店(八百屋)が減少し,大型のスーパーマーケットやショッピングモールが伸長した.その結果,大規模な出荷者と大規模な買い手の間で卸売市場を介さない直接取引が試みられ,市場外流通の拡大をもたらした.しかし,一方で,気候変動などによって取引のリスクが大きくなるほど,卸売市場がリスク管理の場として活用されている.そのために,卸売市場がスーパーマーケットのエージェント化する傾向が見られるようになってきている.農産物消費の国産回帰や上記のようなリスク管理の観点から,低下し続けていた市場経由率は2011~2014年頃は横ばい傾向であったが,2015年から再び減少に転じている.その一因としては,品質管理基準の厳格化による各社による独自流通システムの構築が挙げられる.近年の卸売市場には,リスク管理に加えて,コールドチェーンの構築など品質管理システムの確立が求められており,その整備に係る負担や設備の更新などが問題となっている.
3.小規模な公設・公営地方卸売市場の役割(長野県駒ケ根市場の事例より)(西原ほか 2022)
(1)小規模な地場流通の拠点
駒ヶ根市
場は長野県中部に存在した公設・公営の卸売市場で,2023年度末に廃止が決定している.近年の年間取扱数量は約200t,取扱金額は5,000~6,000万円台で推移しており県内で比較的規模の大きい飯田青果(株)と比較するとその取引金額は約60分の1の小規模市場であった.駒ケ根市場は,規模は小さいものの,域内の小規模・兼業農家にとっての重要な出荷先として,また地元の専門小売店や小規模な量販店などの仕入れ先として,地域農業と地場流通を支えてきた.
(2)給食への地場産品の供給
学校給食への地場産農産物の供給においては,市場職員のうち,せり人が人脈と情報力を活かして,コーディネーターとして学校側と生産者側の間に立ち詳細な情報を共有することにより円滑な取引が実現されていた.こうしたきめ細やかな対応は公設・公営であり,利益の追求が限定的であるからこそ可能であった.
(3)都市の小売業者との連携
駒ヶ根市
場では,京王電鉄(株)の運営する高速バスを利用した貨客混載事業を実施していた.
駒ヶ根市
場のような小規模な卸売市場においては,生産者による出荷の段階から店頭で販売されるまでの全段階で生産者の個性を商品に残したまま流通させることができ,消費者が店頭で生産者を確認できるような,いわば「顔の見える流通」を担うことが可能となっていた.このように,地域において広く新しい価値や生産基盤を創出するための情報や販路を提供することが,小規模産地市場の公共性の発揮であると指摘できる.
現在の卸売市場には,流通の合理化や効率化に適応することが強く求められているが,
駒ヶ根市
場のように消費者や生産者,買参人のニーズに対し細かに応えることができる市場も地域に必要な存在である.市場の廃止が地域に与える影響については,今後の追加調査が必要であるが,本報告においては,今後の卸売市場運営における公共性と官民協働について,事例からその可能性を展望したい.
参考文献
西原実穂・観山恵理子・野見山敏雄 2022.公設・公営である小規模産地市場の役割と公共性――長野県
駒ヶ根市
公設地方卸売市場を通した学校給食材料と差別化商品の流通に着目して. 農業経済研究 94(1): 19-24.
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