近年の研究は,寄付には寄付者の幸福感を高めるという心理的効用があり,その効用はその後の寄付行為を動機づけて寄付を個人内で連鎖させることを示唆している.寄付は資源の再分配の1つの形であることを考慮すると,貧しい人々より豊かな人々において寄付が積極的になされることが期待される.そのため,この心理的効用も,豊かな人々においてより強く得られることが期待される.しかしこれまでの知見を考え合わせると,こうした期待とは反対に,豊かな人々の方が寄付の心理的効用を得にくい可能性が考えられる.また,東日本大震災前後の価値観や状況の変化を考慮すると,この関連は震災後には消失している可能性が考えられる.これらの仮説を検討するため本研究では,東日本大震災前後における経済的な豊かさと寄付の心理的効用の関連を検討した.その結果,震災前は貧しい人々においてのみ,寄付経験が幸福感を高めていたのに対し,震災後は貧しい人々においても豊かな人々においても,寄付経験が幸福感を高めていた.本研究の示唆及び限界点が議論される.