鞆の浦は,鞆港の埋め立て・架橋計画を起因とした景観紛争が約30年にわたり続いた地域である.本研究は,計画廃止後の2016年以降に焦点を当て,対立後の鞆の浦における観光まちづくりに関わるアクター間の相互認識の変容を明らかにすることを目的とした.解釈的現象学的分析(IPA)により,行政,NPO,移住者の間には依然として立場に応じた認識のズレが残存している一方,「人と環境の共生」という共通価値を通じた協働の可能性が芽生えつつあることが確認された.また,これまでのまちづくりを支えてきた「集合的記憶」依拠の限界が顕在化し,代わって「場所の感覚(sense of place)」に根ざした新たな価値共有が求められている現状が明らかとなった.本研究は,対立後の地域社会における関係性と価値基盤の変容過程を示し,観光政策・計画における「関係性としての価値」重視の視点の重要性を提起するものである.