Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
骨盤内再発がんによる神経障害性疼痛との鑑別が困難であった閉鎖孔ヘルニアを合併した終末期子宮頸がんの1例
安江 敦志村 麻衣子杉浦 加奈吉川 朝子家田 秀明
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2016 年 11 巻 4 号 p. 558-561

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Abstract

子宮頸がん術後骨盤内再発に閉鎖孔ヘルニアを合併した1例を報告する.がん種によらず骨盤内再発がんでは神経障害性疼痛を合併することが多い.一方閉鎖孔ヘルニアでもHowship-Romberg徴候と言われる神経障害性疼痛を合併するが,比較的稀な疾患で診断が困難とされる.本症例では転院時すでに左大腿内側に神経障害性疼痛を認めていたが経過中に反対側にも同症状が出現した.鎮痛補助薬を追加したが右側の疼痛は改善されず大腿から膝までの広範な熱感と発赤も出現した.CT検査では皮下気腫像と膿瘍形成を認めた.以上から右側大腿については閉鎖孔ヘルニアを来し嵌頓した消化管が右下肢に穿破したものと診断した.閉鎖孔ヘルニアは鑑別困難であるが早期に診断し得れば用手的整復することで重症化を回避できる可能性がある.骨盤内再発がんで神経障害性疼痛を認めた場合,閉鎖孔ヘルニアの可能性も早期に考慮し,適切に評価することが重要である.

緒言

閉鎖孔ヘルニアはイレウス症状に加え,Howship-Romberg徴候と言われる閉鎖神経圧迫症状である大腿内側や股関節から膝部下腿の疼痛や痺れが特徴的な所見として知られている.しかし一方,骨盤内再発がんでは,がん浸潤に起因する神経障害性疼痛を有することが多く,Howship-Romberg徴候との鑑別が困難となる可能性がある.われわれは終末期子宮頸がん術後骨盤内再発の患者に閉鎖孔ヘルニアを合併した症例を経験した.本症例のように大腿部へ穿破し,膿瘍形成した閉鎖孔ヘルニアの報告例は極めて少ないため,文献的考察を加え報告する.なお,本稿では家族の同意を得たうえで個人が特定できないよう内容記述に十分な倫理的配慮を行った.

症例提示

【症 例】51歳,女性

【診 断】子宮頸がん術後骨盤内再発,大動脈周囲リンパ節転移,左水腎症(右腎瘻造設後)

【既往歴】特記事項なし

【現病歴】平成20年1月,前医にて子宮頸がんに対し,広汎子宮全摘術と術後に全骨盤内放射線療法(50.4 Gy)を施行された.平成25年1月の腹部CTおよび2月のPET検査にて左側優位に骨盤内局所再発(図1),リンパ節再発,左水腎症が指摘された.以降,TC(Paclitaxel+ Carboplatin)療法やCTP-11,CDDP療法などの化学療法を施行されたが効果はPD(progressive disease)で,平成26年1月に化学療法は終了となった.なお,経過中右腎瘻造設術,イレウスに対し横行結腸に人工肛門造設術を施行された.平成27年7月初旬,当院緩和ケア病棟に転院となった.

図1 平成25年2月PETCT所見

左側優位に骨盤内再発を認めた.

【主な入院時現症】Numeric Rating Scale(以下NRS)で大動脈周囲リンパ節転移による腰痛(NRS: 6/10)と左大腿内側痛(NRS: 4/10)を認めた.左大腿内側痛は閉鎖神経領域の神経障害性疼痛と考えた.左下肢優位の両下肢浮腫(STAS-J: 2/4)と,骨盤内再発巣による膀胱刺激症状(STAS-J: 1/4),全身倦怠感および食欲不振(STAS-J: 2/4)を認めた.performance status(ECOG)は1であった.

【入院後経過】当院転院前の鎮痛薬はロキソプロフェンの頓用のみであったため,転院後は定時投与とした.また,フェンタニル注による疼痛コントロールが良好であったためフェンタニル貼付剤1 mg/日の導入を行った.なお,レスキューはオキシコドン速放性製剤2.5 mgとした.導入後,腰痛はNRS: 2/10と軽減したが,左大腿内側痛の軽減は認めず,冷罨法で軽減を認めていた.倦怠感・食欲不振はベタメタゾン2 mg/日の導入でSTAS-J: 1/4と改善した.両下肢浮腫に対してはフロセミドとスピロノラクトンの導入を行った.入院後第8病日より右大腿内側および股関節部にも左側と同様な疼痛が出現(NRS: 5/10)した.その後,第12病日には右側のみ屈曲固定のまま下肢の伸展が困難なほど疼痛は悪化し,神経障害性疼痛と診断しプレガバリン(75 mg/日)と塩酸ケタミン(100 mg/日)の鎮痛補助薬を併用した.併用前のNRSは安静時2/10,右下肢伸展時NRS: 7/10であった.鎮痛補助薬の併用後,左大腿内側痛は緩和されたが(NRS: 0/10),右側は改善が認められなかった.第14病日には右下肢全体に発赤および熱感も伴うようになり,急速に症状は悪化した(図2).筋力低下については,左側認めなかったが,右側は急速な疼痛の増強により評価は困難であった.ベタメタゾンにより改善を認めていた食欲不振は第11病日より再燃(STAS-J: 3/4)した.悪心・嘔吐や腹部膨満,排便停止などのイレウス症状は認めなかった.以上より他疾患の合併を疑い緊急で骨盤CT検査を行ったところ,右大腿に著明な皮下気腫像と膿瘍形成を認めた(図3).CT検査の所見で,右恥骨筋と外閉鎖筋間にガス像を認め,皮下気腫部の穿刺で膿瘍を認めたことから閉鎖孔ヘルニアをきたし嵌頓した消化管が右下肢へ穿破し感染を合併したものと診断した.屈曲固定のまま下肢の伸展が困難であったことから悪性腸腰筋症候群も疑ったが,画像上腸腰筋内に悪性腫瘍像は認めず否定的であった.血液検査では,白血球数:13000/μl,CRP: 38.12 mg/dlと炎症反応高値を認め,血小板数:5.8×104/μlと低値を認めた.膿瘍細菌検査ではescherichia coli, streptococcus anginousおよび嫌気性菌が検出された.重症感染症を合併し敗血症性ショックにより全身状態は急速に悪化した.抗生剤治療を行ったが効果は得られなかった.また,疼痛コントロールのためオキシコドン注射液(24 mg/日)を導入し頻回にレスキューを行ったが十分な疼痛の改善は得られなかった.フルニトラゼパムによる間欠的鎮静を導入し,入院後第19病日に永眠された.

図2 右大腿部所見

右下肢大腿から膝にかけて発赤および熱感を伴うようになった.

図3 緊急CT所見

右大腿に著明な皮下気腫像と膿瘍形成を認め,右恥骨筋と外閉鎖筋間にガス像を認めた.

考察

閉鎖孔ヘルニアは診断困難な比較的稀な疾患とされている.CT検査などの進歩により診断率は向上してきていると言われているが,閉鎖孔ヘルニア14症例の検討では,腸管穿孔例やRichter型嵌頓例の一部にはCT診断が困難な症例もあるとも言われている.同検討では腹部症状の出現から手術までに3日以上要した症例は29%とされており,いずれも嘔吐や軽度の腹痛といった不定の腹部症状で発症し検査までにある程度の時間が経過していたと報告されている.これは,本症の多くがRichter型の嵌頓のため初期には典型的な腸閉塞症状を呈することなく経過する場合もあり,ときには自然還納により症状の軽快がみられるためと考えられている1).閉鎖神経圧迫症状である,大腿内側や股関節から膝部下腿の疼痛や痺れ(Howship-Romberg徴候)のため,変形性股関節症や坐骨神経痛として整形外科を受診する場合も多い2,3).また,鼠径ヘルニアなどと違い,体表から触知できないため診断が困難なことも少なくない.

閉鎖孔ヘルニアはやせ型,多産の高齢女性に好発すると言われている.これは,女性の骨盤が広いうえに骨盤組織の脆弱化で閉鎖管が開大することによる4)と考えられている.がん終末期の患者では,若年であってもがん悪液質の状態であることが多く,とくに骨格筋の委縮,体脂肪の減少などの症状を有していることが多い.また,とくに本症例のように片側優位に骨盤内再発をきたしている患者では反対側の骨盤底への圧力が強くかかることで,さらに閉鎖孔ヘルニアを併発するリスクが高まる可能性が推察される.

本症例では,転院時から左大腿内側の閉鎖神経皮枝領域の神経障害性疼痛を有していた.前医のPET検査で骨盤内左側優位に局所再発を指摘されていたため,がんの進行増大により右側にも同症状が出現し,神経障害性疼痛が急速に悪化したものと考えた.鎮痛補助薬であるプレガバリンと塩酸ケタミンの併用を開始したが右大腿内側および股関節部痛は改善されなかったため,他疾患の合併を疑いCT検査にて右閉鎖孔ヘルニアと診断した.左側にも転院時から閉鎖神経領域の神経障害性疼痛を有しており,可逆的な閉鎖孔ヘルニアを合併していた可能性はあるが,CT画像と左下肢の理学的所見から否定的と考えた.

CTなどで閉鎖孔ヘルニアと診断が確定されれば腸管壊死の可能性も考慮し原則的には緊急開腹手術の適応となる.しかし,終末期がん患者では緊急手術の適応や判断は難しい.本症例では大腿膿瘍を形成しDIC徴候が出現していたため手術は適応外と診断した.

閉鎖孔ヘルニア257例の検討では,「腸管切除の有無と発症から手術までの期間の検討」において,非切除群で5.2±0.8日,切除群で7.8±0.7日であり両群間に有意差が認められたと報告している5).また,炎症所見に乏しく発症72時間以内で腸管壊死の可能性が低い場合には手術以外に用手的整復の報告もされている.大腿を外旋,外転,屈曲位とすることにより,閉鎖孔に正面からアプローチし大腿静脈内側部を補助的に前方より圧迫,大腿後面から長内転筋外背側部を圧迫するものである6).以上から,早期に診断し得れば全身状態不良の終末期がん患者に対しても用手的整復により手術や重症感染を回避できる可能性があると考えられる.

骨盤内再発がんで神経障害性疼痛を認めた場合,閉鎖孔ヘルニアの可能性も早期に考慮し,適切に評価することが重要であると思われた.

結論

骨盤内再発がんに見られる神経障害性疼痛は骨盤内再発に起因する場合だけでなく閉鎖孔ヘルニアによる場合もあることを念頭に,身体所見と画像所見の評価が重要である.

付記

本症例は第21回日本緩和医療学会学術大会にて報告した.

References
 
© 2016日本緩和医療学会
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