抄録
久山町研究によると糖尿病の心血管疾患の発症リスクは非糖尿病者と比較して約3倍に上昇していることが明らかになっている。またIGT(Impaired glucose tolerance)でも発症リスクは約2倍に上昇している。この傾向は欧米先進国でも同様であり、糖尿病と耐糖能異常は、心血管疾患リスクファクターとして極めて重要であることが認識されるようになってきた。1998年に発表されたFinnish Studyによると、糖尿病における心筋梗塞の初発率は、非糖尿病者の心筋梗塞再発率とほぼ同じであった。他の臨床研究においても糖尿病は冠血管危険因子のなかでも重要度の高いものであることが確認されている。糖尿病患者は、悪性新生物より血管障害で死亡する例が多いことが国内外のデータで明らかになっているが、血管障害のなかでも、欧米先進国では、糖尿病患者は冠動脈疾患で死亡する例が圧倒的に多い傾向にある。一方、わが国では、以前は脳卒中による死亡が多い傾向にあったが、近年、心筋梗塞による死亡が著しい増加傾向をしめしており、さらに現在進行中の糖尿病患者を対象とした前向き臨床試験であるJDCSでは、発症率でも心筋梗塞が脳卒中より多くなってきている。このようにわが国においても心筋梗塞の重要性は高まっており、心血管疾患を予防することはきわめて重要になってきている。UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)のサブ解析や、Finnish Studyのサブ解析から、冠動脈疾患の予防にも良好な血糖管理は重要であると考えられる。しかしながら、近年の臨床データより、血糖の全体的な管理のほかに、食後の高血糖の是正も冠動脈疾患の予防に重要であることが明らかになってきた。STOP-NIDDM試験はIGTを対象にα-グルコシダーゼ阻害薬であるアカルボースを投与することにより糖尿病の発症が抑制されることを示した試験であるが、この試験の2次エンドポイントの解析結果は衝撃的なものであった。すなわち、アカルボース投与により食後の高血糖を防いだことで、新規の高血圧の発症が34%、心血管イベントが49%も抑制されていた。また心筋梗塞は91%も抑制された。これらの事実は、少なくともIGTに対しては、食後の高血糖をアカルボースで抑制することが大きな利益をもたらすことを示している。また、その後に報告された、アカルボースを使用した糖尿病を対象とした7つの臨床試験のメタ解析によると、糖尿病においても食後の高血糖をアカルボースで改善するとSTOP-NIDDMと類似の冠動脈疾患発症抑制効果が認められた。このようなことから、IGT/糖尿病のいずれに対してもアカルボースによる食後高血糖の是正は有用であると考えられる。