アフリカレポート
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資料紹介
田中 由美子 著 『「近代化」は女性の地位をどう変えたか――タンザニア農村のジェンダーと土地権をめぐる変遷――』 東京 新評論 2016年 328 p.
網中 昭世
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2017 年 55 巻 p. 105

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本書は、1990年代から国際協力におけるジェンダー平等論に取り組んできた専門家による先駆的な実証的研究であり、2014年に東京大学に提出された博士論文がもとになっている。1970年代以降「開発と女性」、「ジェンダーと開発」、「ジェンダー主流化」とジェンダー・イシューをめぐるアプローチが模索されてきたが、著者はいずれも普遍的な平等主義に基づくトップダウンの国家フェミニズムだと指摘する。それに対して当事者が価値を見出すものを重視し、その実現可能性を検討するアマルティア・センのケイパビリティ・アプローチこそが草の根レベルで女性の能力を伸ばすと著者は主張する。本書では、タンザニアの土地法を事例に、ジェンダー平等を目指した法律が整備されても、女性がそれに価値を見出さない限り、利用されない実態を示している。

本書の考察の対象は、JICAが1984年~87年に灌漑施設と圃場の整備を行い、タンザニア政府が土地の再配分を行ったキリマンジャロ州の土地権である。著者はまず、プロジェクトに関わったJICAも民間企業も保管していなかった1987年時点の約1800名以上の土地権所有者リストを現地で入手し、再配分の際に女性が従前地における慣習的な耕作権・土地権を奪われたのか、逆に取得したのかを明らかにした。さらに、2013年に至る26年の間に女性の土地権が維持される事例や再び男性に戻る事例に着目し、聞き取りを通じて権利の維持や移譲の動機を探っている。

興味深いのは、多様性に富んだ事例の分析だ。現行の1999年村落土地法はジェンダー平等の認識に基づいているが、それに従って女性が一足飛びに地権者として登録するわけではない。そこで著者は土地権を耕作権・収益権・処分権に分け、当事者が処分権よりも耕作権・収益権のいずれかを重視するのか、3つをフルセットで望むのか、さらには地権者として自己名義で登録するか否かという、複数の経路と段階的な行為の到達点を設定する。この分析を通じてジェンダー分析に新たなニュアンスを加えるという著者の目的は果たされ、本書がジェンダー研究に貢献する労作であることは疑いない。それを前提として、土地法との関係についてより深く論じて欲しかった。現行法は1970年代のウジャマー政策の集村化によって政府が再配分した土地も、既存の利用者の土地と同様に「慣習地」と認定しており、著者の提示する制定法と慣習法との二項対立以上に複雑だ。法的実態に本書の事例を照らし合わせることで、本研究の価値は一層高まるだろう。

網中 昭世(あみなか・あきよ/アジア経済研究所)

 
© 2017 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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