アフリカレポート
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資料紹介
Marie-Aude Fouéré ed., Remembering Julius Nyerere in Tanzania――History, Memory, Legacy――. Dar es Salaam: Mkuki Na Nyota Publishers 2015 340 p.
粒良 麻知子
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2017 年 55 巻 p. 106

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本書は、タンザニア初代大統領のジュリアス・ニェレレという存在が、今日のタンザニア政治において、どのように人々に記憶され、どのような意味を持っているかを探っている。ニェレレは1967年から社会主義に基づく国家建設を進めたが、国の経済は停滞し、1985年に大統領を引退した。タンザニアは1980~90年代に経済自由化と民主化へと政策転換し、ニェレレは1999年に亡くなったが、その後、再び政治やメディアなどで取り上げられることが増えていった。本書では、歴史学、人類学、政治学、文学など様々な分野の研究者がニェレレ像を分析しており、編者は、ニェレレは今日、タンザニア人が「国家」や「タンザニア人らしさ」を論じる際の政治的な象徴になっていると述べている。

本書は6部で構成されている。本書の要となる第1部には、編者による先行研究レビューと各章の要旨、現代タンザニアにおける「ニェレレ」の意味についての考察がまとめられている。第2~3部は政治的象徴としてのニェレレの歴史的根源を探るとともに、2000~10年代の選挙政治や憲法見直しの議論においてニェレレの存在がどのように扱われてきたかを論じている。第4部は独立後から現在までのニェレレ批判の変遷とその野党への影響を論じている。第5部は新聞に掲載されたニェレレを称える詩の分析を通じて一般市民の政治意識を問い、第6部は近年のダルエスサラーム大学や中等教育政策におけるニェレレの存在を論じている。

本書には著者の他の研究の記述が中心となり、政治的象徴としてのニェレレについての新たな視点が見られない章もあるが、今日のタンザニア政治において「ニェレレ」に言及することの意味についての理解を深められる章もある。例えば、第2章と第4章は、与野党の政治家が政治的な正統性を得るために、どのようにニェレレを活用してきたかを論じており、興味深い。これらの章によると、政治家がニェレレに言及する際には、彼の指導者としての道徳性に焦点をあてることが多く、ニェレレの進めた社会主義についても、その道徳的な側面を強調している。つまり、今日のタンザニア政治においてニェレレの発言であることを理由に政治的正統性を主張することは、必ずしもイデオロギーとしての社会主義への回帰を意味しないということだろう。

ニェレレは今後もタンザニアの人々に道徳的な指導者像を示し、政治的象徴であり続けるだろう。本書は2005~15年のキクウェテ前政権時代までを扱っているが、現マグフリ政権下で、「ニェレレ」の意味がどのように変化しているのかにも注目したい。

粒良 麻知子(つぶら・まちこ/アジア経済研究所)

 
© 2017 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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