アフリカレポート
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資料紹介
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ 著 『アメリカーナ』 くぼたのぞみ 訳 東京 河出書房新社 2016年 538 p.
川上 桃子
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2017 年 55 巻 p. 111

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在米ナイジェリア人のイフェメルは、人種とジェンダーをテーマにしたブログで人気を博し、プリンストン大学の奨学金、イェール大学に勤める恋人、アメリカの市民権を手に入れた、アメリカン・ドリームの体現者だ。そのイフェメルが、アメリカでの暮らしに終止符を打ち、13年ぶりに帰国しようとする場面から、この長編小説は幕をあける。

混乱が続く母国を後にして、留学のため渡米したイフェメルは、アメリカでの恋を重ねるたびに生活の足場を固めてきた。一方、彼女がナイジェリアで青春時代をともにした恋人のオビンゼは、イフェメルとともに渡米留学するという夢を抱きながら、世界情勢の変化に翻弄され、不法移民としてイギリスに渡る道を選ぶ。本書を貫く主旋律は、この二人の恋の行方のひりひりするような緊張感だ。

読者は、二人の目を通して、「アフリカ移民として欧米社会を生きるということ」を体験していく。イフェメルの冷めた観察眼は、アメリカ社会におけるアフリカ人とアメリカ黒人の微妙な関係、リベラル派白人の的外れなアフリカ観、階級とジェンダーと人種の複雑な絡み合いを映し出す。また、「望ましい」黒人の容姿に近づくため、肌に漂白クリームを塗り、豊かな縮れ毛をむりやり矯正するアフリカ人たちの身体を描きだす。さらに読み手は、オビンゼとともに、イギリス社会の底辺で生きる不法移民者の苦悩とおののきを体験する。

著者は、イフェメルに、ブログ記事を通じて「黒人はアメリカに来ることによって黒人になる」と語らせている。ジャマイカ人もナイジェリア人も、アメリカに着いた瞬間に「黒人」という集団に組み込まれ、「人種」という社会集団の現実と規範を生きていくことになるのだ、と。イフェメルが、この現実と向き合い、折り合い、帰国を決意するまでの道のりは、一人の魅力的なアフリカ人女性の成長物語であるだけではなく、「私が私に与える名乗り」と「社会が私に与える名乗り」の間でもがきながら生きることについての普遍的な物語でもある。

著者のアディーチェは、1977年生まれ。ナイジェリアの大学を経てアメリカの大学で学び、現在は両国を往復しながら、次々に作品を発表している。邦訳で二段組み・520頁という大部の作品だが、著者のたぐいまれな構想力、登場人物たちの魅力、練り上げられた訳文に引きつけられて、読み始めたら止まらなくなること間違いなし。まさしく「ページターナー」な小説である。

川上 桃子(かわかみ・ももこ/アジア経済研究所)

 
© 2017 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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