アフリカレポート
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資料紹介
Don Pinnock, Gang Town. Cape Town: Tafelberg 2016 312 p.
佐藤 千鶴子
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2017 年 55 巻 p. 14

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南アフリカのケープタウンは、風光明媚な都市として知られ、国際的にも有名な観光地である。だがその一方で、同市の低所得者居住地域「ケープフラッツ」ではギャング組織の活動が盛んで、縄張り争いに巻き込まれて一般人が命を落とす事件も起きている。ゆえに著者は、ケープタウンのギャングについて論じた本書を、都市の名前をもじって「ギャング・タウン」とした。

本書は大きく2つの部分からなる。前半部では、ケープフラッツでギャングが繁栄した歴史的背景と今日の多様なギャングの特徴が説明される。かつてケープタウンのギャングと言えば、カラード(混血)の青少年の間での問題として論じられることが多かった。だが、本書を読み、今日では東ケープ州から移住してきたコーサ人やカラードの少女の間でもギャングの結成が見られるようになっていることに評者は驚いた。

後半部では、ケープフラッツの若者がなぜギャングへの加入を動機づけられるのか、という問いが掘り下げられる。ギャング活動での殺傷行為により父親は服役中、母親は一家を支えるストレスを抱えてアルコールや薬物に溺れる。幼少期に親から充分な愛情を受けられず、子どもは他者への共感を育むことができない。こういった複雑な家庭環境は、青少年が非行に走る原因としてはおそらく普遍的なものだろう。妊娠中の母親による大量のアルコール摂取が胎児の発達に悪影響を及ぼす点も容易に理解できる。だが、本書の独創的なところは、これらに加え、エピジェネティクス研究の成果をふまえて、家庭環境や地域環境がヒトの遺伝子に及ぼす影響にも言及している点である。著者は、生まれる前の胎児が、遺伝子レベルにおいて、過酷な環境を生き抜くための生存本能を身につける、と主張する。しかもその気質は、親から子へと受け継がれもする。評者は、本書を読むまでエピジェネティクスという言葉すら聞いたことがなかったが、外部環境が遺伝子の作用に及ぼす影響を研究する、近年、確立された学問分野らしい。

本書を読みながら評者は、かつてケープタウンでお世話になった初老のタクシー運転手のことを考えた。彼は、ギャングと違法薬物が蔓延するケープフラッツから抜け出さない限り、自分の息子たちに未来はない、と語った。そしてそのチャンスが訪れるや否や、一家全員でケープフラッツから引っ越した。本書を読んで、彼の選択がいかに賢明なものだったかを改めて思い知らされた。

佐藤 千鶴子(さとう・ちづこ/アジア経済研究所)

 
© 2017 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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