アフリカレポート
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資料紹介
ジョセフ・セバレンジ+ラウラ・アン・ムラネ 著 『ルワンダ・ジェノサイド 生存者の証言――憎しみから赦しと和解へ――』 米川正子 訳 東京 立教大学出版会 2015年 xvii+311 p+12 p.
武内 進一
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2017 年 55 巻 p. 15

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1994年にルワンダで起こった大量虐殺は世界の注目を集め、日本語でも多くの関連書籍が刊行された。J. ハッツフェルド『隣人が殺人者に変わる時』やI. イリバギザ『生かされて』など、殺戮を逃れた生存者の証言も複数出版されている。本書もルワンダ人の証言だが、他の出版物とは大きく異なる。それは、語り手のセバレンジが内戦後に下院議長を務めた人物であることだ。

セバレンジは1994年の大量虐殺を直接経験してはいない。その意味で、本書のメインタイトルには違和感がある。しかし、それは本書の価値を下げるものではないと思う。本書の価値は、セバレンジの語りを通して、独立後のルワンダ――カイバンダ、ハビャリマナ、そしてカガメ政権の下――でトゥチとして生きるとはどういうことかを鮮烈に、そして説得的に読者に伝えるところにある。

セバレンジの人生は波乱に満ちている。ルワンダ西部のキヴ湖のほとりで生まれた彼は、トゥチに対する差別のために、コンゴ(ザイール)に渡って教育を受けた。そこで配偶者を得て1980年代末にルワンダに戻るが、すぐに内戦が勃発し、トゥチであるため当局に拘束されてしまう。再び亡命した彼は、内戦でトゥチ主体の「ルワンダ愛国戦線」(RPF)が政権を掌握した後に帰国する。友人に勧められて自由党(PL)に入党した彼は、たまたま空席が出た下院議員に選ばれ、さらに下院議長の職に就くことになる。絶対的な権力を持つRPFが、操りやすいと見てセバレンジの議長就任を支持したからである。お飾りの議長職が期待された訳だが、セバレンジはRPFの言いなりにはならなかった。法の支配の確立を目指し、彼は下院議長として奮闘努力する。しかし、RPFに疎んじられたセバレンジは根拠なき噂によって辞任に追い込まれ、みたび亡命を余儀なくされた。

当事者の語りであることに注意が必要だが、本書はルワンダ政治を考えるうえで多くの貴重な示唆を与えてくれる。セバレンジが下院議長職にあった1990年代末は、内戦に勝利したRPFがカガメ現大統領を中心に統治体制を確立していった時期であり、今日の権力構造のいわば起源が語られている。加えて印象深いのは、ルワンダの政治文化に関する記述である。噂、暗示、ほのめかしが大きな意味を持つことがわかるが、それは本書の前半で描かれる少年時代の記述とも繋がっている。厳しい政治の現実は、ルワンダの豊かな文化とも接合しているのである。

武内 進一(たけうち・しんいち/アジア経済研究所)

 
© 2017 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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