アフリカレポート
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資料紹介
宮内 洋平 著 『ネオアパルトヘイト都市の空間統治――南アフリカの民間都市再開発と移民社会――』 東京 明石書店 2016年 452 p.
牧野 久美子
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2017 年 55 巻 p. 18

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南アフリカの最大都市、ジョハネスバーグのインナーシティの一角に、本書の舞台であるマボネン(Maboneng)地区はある。古い工場や倉庫を改装したビルには、ギャラリーやカフェ・レストラン、衣料・雑貨店、それにシアター、アパート、ホテルなどが入居し、多くのアーティストやクリエイターが集う場所となっている。ジョハネスバーグのインナーシティといえば世界でも屈指の治安の悪さで知られるが、その数ブロックだけは警備員と監視カメラによってセキュリティが保たれ、道一本隔てた周囲の環境とは明らかに異質で、島のように浮いている。一民間企業が歩道などの公共空間整備も含めた開発と管理を一手に引き受けているマボネンは、都市空間の私有化・都市統治の民営化を特徴とする「プライベート都市」といえる。

本書は、マボネンの都市統治の分析を通して、「新自由主義的統治性」が南アフリカにもたらす新たな包摂と排除のメカニズムを描き出している。マボネンは、インナーシティ再生の成功例として賞賛を浴びると同時に、もともと住んでいた貧しい人びとの排除につながったとの、いわゆる「ジェントリフィケーション」批判も受けてきた。著者の関心は、このような二項対立の図式を超えて、不動産デベロッパーが批判を強く意識し、周辺コミュニティの社会的包摂を積極的に図ってきたことへと向けられる。だが、マボネンと、その周囲に暮らす移民たちとの関係性に焦点を当てた分析から浮かび上がるのは、包摂は無条件なのではなく、「起業家精神を有し、市民的道徳を理解し、自己統治が出来る」(p.402)主体だけが歓迎され、この条件にそぐわない人びとは、結局排除されてしまうという現実である。著者は、こうした「新自由主義的統治性」のもとでの包摂と排除の同時進行は、マボネンだけではなく、ポストアパルトヘイトの南アフリカ社会のいたるところで見られ、特定の誰かに責任を帰することのできない「構造的不正義」を引き起こしていると指摘する。

南アフリカをたびたび訪れる評者には、著者がマボネン滞在中に抱いたという「悪いことをしているわけではないのに後めたい感情」(p.294)が痛いほどよくわかる。しかし評者はそれを名指しする言葉を持ち合わせてこなかった。隣り合いながら見えない壁で隔てられ、同時に所属することができない二つの場所を往来して対話を重ね、「得も言われぬ嫌な感覚」(p.434)を見事に言語化した著者に拍手を送りたい。

牧野 久美子(まきの・くみこ/アジア経済研究所)

 
© 2017 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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