アフリカレポート
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伊東 未来 著 『千年の古都ジェンネ――多民族が暮らす西アフリカの街――』 京都 昭和堂 2016年 x+248+vi p.
佐藤 章
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2017 年 55 巻 p. 19

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西アフリカ、マリ共和国の中部に位置する古都ジェンネは、泥壁の偉容が美しいモスクでよく知られ、近年はユネスコの世界遺産の一つとして日本でも紹介される機会が増えた。本書は、この街の魅惑的なたたずまいに惹かれ、のべ2年にわたる住み込み調査を行った人類学者による民族誌である。歴史、多民族性、街での暮らしを3本の柱に、800年以上にわたり続いてきたジェンネの街の豊かな歴史と人びとの暮らしが描きだされる。人びとの語りを豊富に盛り込んだ記述は臨場感にあふれ、一族の移住史や精霊などにまつわる伝承には民話のような滋味が感じられる。なめらかな文体で綴られ、たいへん読みやすいのも特長である。専門家に限らず、ジェンネのことや、西アフリカの歴史と社会に関心を持つ方に、広い知識と読み物としての愉しみをもたらす一冊となろう。

ジェンネは、多様な生業が可能な自然環境を背景に、多くの民族が多様な生業を営みながら共存するという、きわめてダイナミックな側面を持つ。そのことが、かつての繁栄の源だったサハラ交易の衰退を乗り越え、現在までジェンネが存続しえた鍵となったと考えられる。ジェンネの存続を支えたであろう、この「都市としての凝集性」を、今日の人びとの姿のつぶさな記述を通して垣間見せてくれるのが本書である。

評者にとってとりわけ印象深かったのは、ジェンネの人びとが、同じジェンネ人同士、外来の人びと、ジェンネの街という場との関係のなかで示す、相反しているかにもみえる態度であった。ジェンネの人びとは、自分たちの街に強い誇りと愛着を持ち、街を挙げてのイベントに熱狂し、民族や生業を超えて合議で自治的にものごとを決める。このような連帯の一方、同じ街の住民同士でも、互いに、居住歴や街区の特徴などに由来する微細な差異を認識してもいるのだという。外来者に対しては、鋭く警戒し排除するという態度をみせる一方、街がとりわけ賑わう、週に一度の定期市の際には、在住者か来訪者かを問わず誰でも――観光客でさえ――商いが許されるという、徹底した開放性ぶりもみられるのである。ここに浮かびあがるジェンネの人びとの姿は、「古都の住民」のイメージに照らせばいささか新鮮な、硬軟を兼ね備えた姿である。このような人びとと、人びとが生きる場がどのように形成されてきたのだろうか。さらに歴史を知りたい気持ちにさせられる一冊である。

佐藤 章(さとう・あきら/アジア経済研究所)

 
© 2017 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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