アフリカレポート
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資料紹介
栗田 和明 編 『移動と移民――複数社会を結ぶ人びとの動態――』 京都 昭和堂 2018年 x+262+vi p.
児玉 由佳
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2019 年 57 巻 p. 14

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本書は、国境を越えて頻繁に移動する人々を追うことで、移民研究に新たな視角を提示することを目指している。グローバル化が進み移動手段や情報流通が飛躍的に発展している現在、短期で国際的移動を行う人々は商人を中心に急増している。しかし、統計から彼らを捕捉することは難しい。本書では、移動する人々の動態を追跡することに比重を置いている。

本書は「移動の広がり」(1-4章)、「移動先と故地」(5-8章)、「移動する者の生活戦略」(9-11章)の三部構成となっている。アフリカに限らず多数の国々の事例を取り上げている。対象となっているのは、タンザニア人・ナイジェリア人・カメルーン人に加えてベトナム人、中国人、海外駐在の日本人、訪日旅行者、フィリピンで言語を学ぶ外国人宗教者などである。移動先は、南アフリカ、ロシア、韓国、シンガポール、フィリピン、日本、イタリア、中国などである。

ここでは、アフリカ人を調査対象としている4つの章(1、2、6、9章)を紹介する。第1章は、本全体の方向性を示す序章の役割を果たすのと同時に、広州におけるタンザニア人を取り上げている。この章では、多数の交易商人が、頻繁に国境を越えて移動していることを示して、移動を前提とした経済活動やネットワークに注目する必要性を指摘している。第2章では、南アフリカ社会のグローバル特区の居住者のように、「市民権」を付与されて国境を自由に行き来するエリートと、「非市民」として南アフリカの中を消極的に移動せざるを得ない人々との間の分断と連帯の可能性について考察している。第6章は、在韓国アフリカ人の多様な在り方を示すと同時に、さまざまなネットワークを張り巡らせて生き抜くための新しい創意工夫を紹介している。その一例として、本国にはない民族横断的なカメルーン人会のような存在が挙げられている。第9章では、在日ナイジェリア人の厳格な日本の移民管理制度の下での移動パターンを検討している。中長期の滞在資格を得ることで、本来短期的な移動者の特徴であるはずの頻繁な移動がようやく可能になるという皮肉な状況が明らかにされている。

本書の大きな特徴は、比較的短期的な移動を繰り返す人々に焦点を当てている点にある。また、各章で示される事例は、もう少し詳細な記述が欲しいところではあるが、多種多様な人々の移動の実態がわかり興味深い。長期滞在を前提に論じられることが多い移民研究では見落とされがちな短期的な移動を取り上げることで、本書は移動の実相を理解する新たな視点を提示しているといえよう。

児玉 由佳(こだま・ゆか/アジア経済研究所)

 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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